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吉岡斉氏逝去 

数日前、吉岡斉氏が亡くなったと報じられていた。64歳、九州大学の教授で科学技術史の専門家・・・といっても、あまりなじみのない方かもしれない。科学技術史でも、原子力関係の歴史が専門で、福島第一原発事故後、「新版 原子力の社会史 その日本的展開」という力作を上梓なさった方である。

あの事故後、どうしてあのような事故が起きたのかを知りたく、原子力、原発関連の書籍を貪るようにして読んだ。この吉岡氏の本は、原発が開始され、発展し、さらに停滞期を経て、あの事故に至る過程を実証的に記録している。根本的な視点は、原発への批判的な立場であるが、イデオロギーではなく、なぜ原発と、核燃料サイクルが破たんしたかを、実証的に述べている。もともと日本に原発を作らせることには否定的だった、米国の原子力政策の転換の間隙を突き、当時の改進党議員だった中曽根康弘が原子力研究予算を計上させた。その後、政官財の原子力利権組織をバックにして、自民党政権は原発建設に突き進み、電力業界と深い関係にある通産省と、科学技術庁という二つの役所が競うようにして、原発を建設し続けた。だが、やがて故障と技術的停滞の時期に入り、あの福島第一原発事故が起きる。今後は、パラダイムの変換が必要となる、という結論だったと思う。核燃料サイクルは、電力業界自体も懐疑的で、できれば手を引くことを要望していた事業であり、それがようやく実現しかかっている(通産省は、新たな核燃料サイクル事業の確立を考えているらしいが、その実現は財政的にも難しいはずだ)。原発の開発当初は、関係者の広報活動もあり、国民は夢のエネルギーとして原発を歓迎した。だが、原発の度重なる事故、そして福島第一原発事故により、大勢は脱原発に傾いている。しかし、原発により利権を得ている組織からの揺り返しも激しい。

この状況を吉岡氏はどのように見ていたことだろうか。彼は、決して政治的に発言を続けていたわけではなかった。この本にも記されている通り、科学技術に対する懐疑的な見方が、原子力問題に関心をもつきっかけだった。彼のようにイデオロギーにとらわれることなく、広く深くこの問題を追及した学者は少ない。彼の若すぎる死が本当に悼まれる。

私が高専に在学していたころ、科学技術史の授業を非常勤で担当していた村上陽一郎先生という方がいた(まだここでは言及したことがなかったか、彼はチェロ奏者でもあった)。吉岡氏は東大物理学科在学時代に彼の指導を受けたらしい。私は科学技術史をまじめに勉強したわけではなかったが、村上先生の授業は関心をもって受けていた・・・そのことからも、吉岡氏には少なからず親近感を感じていた。ご冥福を祈りたい。

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