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礒山雅教授が事故に遭われた 

礒山雅氏、というよりも礒山雅教授と呼ぶ方がしっくりくる・・・彼は、バッハ等の研究者で、多くの優れた著作、翻訳書を記している。長く国立音大の教授を務め、数年前には音楽学会の会長でもあられた。音楽を専攻する学生、そして音楽愛好家に対して、教育・啓蒙活動を続けた来られた方でもある。

彼が、昨年夏に、ブログで学位論文について言及なさっていたので、学生を指導して学位を取らせるのかと思っていた。が、ご本人の学位論文であることが分かり驚いたことだった。2月6日が、その審査の日であることを、ブログに記しておられた。

ところが、1月下旬以降、ブログがパタッと更新されなくなった。ブログのコメント欄で、彼のことを良く知る方が、彼がどこかで転倒し入院なさったという情報を上げられた。事故に遭われた日が、学位審査の翌日7日であったという。情報はそれだけしかないので、ただただ彼の快癒を祈るばかりである。

以前にも紹介したと思うが、彼はブログにおいて、平易な言葉で音楽の奥深い消息を語り、また日常のありふれたことを軽妙洒脱に記されていた。ブログはこちら。彼のブログを、私は以前から定期的に訪れていた。3年前だったか、富山で地域のオケ、合唱団がマタイを演奏する、そして彼がその演奏会に関わっているということを知り、その音楽会に駆けつけたのも、そのブログで情報を得たからであった。その旅行、音楽会については以前このブログに記した。

今回の出来事に接して感じたこと・・・

彼は、学位論文をものにしようと思えば、以前から、論文を上梓し学位をとるだけの学識は十分持ち合わせていた。今回の論文は、ヨハネ受難曲についてのものらしいが、本来その仕事は、単行本として出版することを企画しておられたのではないかと思う。仕事も一段落し、単行本以外に学位論文として提出することも併せて考えられたのだろう。恐らく、彼の名作「マタイ受難曲」と双璧をなす書物になるはずである。そうした事情であったとしても、70歳台半ばで学位論文を上梓しようという気力には脱帽だ。学位審査を担当するのは、きっと彼の教え子、または教え子と同じ年代の方々だったのではないか、と思う。

もう一つ、学位審査の翌日、この事故にお遭いになったということも強い印象に残る。まさに「神与え、奪い給う」という厳粛な事実なのではないだろうか。彼には是非回復して頂き、また活発な評論活動を続けて頂きたいものだと思うが、人生の一つの集大成を成し遂げた直後にこうした大きな事故に見舞われたという事実の厳粛さに、身が引き締まる思いだ。自分自身と、彼のような碩学の学者と比べるのもおこがましいが、私自身にもいつ同じような運命が訪れるかも分からない。それを自覚せよ、ということなのではないかと思った。

バロック、バッハそして宗教音楽、否音楽そのものに関心を持たれる方には、彼の「マタイ受難曲」はお勧めだ。

追伸;礒山教授のお名前を訂正いたしました。ご指摘をありがとうございました。

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