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杉原千畝、稀有な外務官僚・・・ 

いつも読ませていただいている、Yosyanさんのブログ「新小児科医のつぶやき」に、力作の杉原千畝の物語りが掲載されています。御一読をお勧めいたします。

戦前・戦後を通じて、このような官僚も存在したのかと、こころ洗われる思いになります。保身と、自己利益の追求に汲々とする官僚が多い中、このように、人類愛の立場から、自らの仕事を行なった方が、官僚にも存在したことにほっとさせられます。

現実をみると、官僚の多くの行なっていることは、我々を落胆させますが・・・希望を捨てるべきではないのでしょう。

コメント

こんにちは,
 8年前にパックツアーでバルト3国を回った際、リトアニアの首都ヴィリニュスにある同氏の記念碑「月光」を訪れました。ユダヤ博物館の前に、ひっそりと建っていて、花が供えられていました。この国の人たちにとって忘れられない存在なんでしょうね。

記念館もあるのですか。ナチのジェノサイドが行われる一方で、こうした他者を助ける英雄的な行為も行われていたのですね。

自分が、杉原氏の立場に立たされたら、どうしただろうかと問われているようにも思いますね。

御紹介ありがとうございます

杉原氏はカウナス事件が無ければ「普通の人」だったと思います。ところがそういう普通の人が突然、運命の切所に立たされてしまったわけです。

杉原氏は聖人ではありません。普通に東京の訓令と自らの保身について苦悩しています。悩んで、悩んで、ギリギリのところでビザ発行を決断します。

かなり例えとしてずれるでしょうが、黒澤明の「生きる」に通じるところもあります。つまり平凡人が運命のリトマス試験紙にかけられて、最後の反応が英雄的行為となったのです。

私も死ぬまでにこういう切所に立つ事があるでしょうか?。あって欲しくないと思いますが、もし立たされたら、どういう反応をするか、それこそ神のみぞ知るです。

Yosyanさん

そうですね。私の紹介文が、少し言葉足らずでした。普通の(といっても、能力と見識がある)外交官が、切羽詰った状況で悩みぬいた挙句にとった決断だったのですね。文章を読ませていただいて、目頭が熱くなりました。ご紹介くださったことを改めて御礼申し上げます。

平成14年に放映された「プリーモ レーヴィへの旅」と題するドキュメンタリー番組の再放送を、最近観ました。彼は、ユダヤ系イタリア人でアウシュビッツを生き延び、戦後、その経験を文章にして生きた方のようです。しかし、イスラエルのナショナリズム、それにネオナチの台頭に心を痛め、自らが生きていることが、誰かを犠牲にしてのことではなかったのかと悩み、1987年に自殺したとのこと。レーヴィは、現在の平和な生活を「アウシュビッツのような地獄の待合室での生活」と評していたようです。

我々は、その待合室で一生を過ごすかもしれないし、待合室のドアから地獄に落ちるかもしれません。また、待合室の席取りで、他の弱者を隣の部屋に押し込んでいるかもしれません。杉原氏の行ったように、物事を良く知り、より良い選択肢は何かを考え、一つ一つの人生の決断を、出来る限りの知性と英知によって下したいものだと思います。

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