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小平奈緒氏の優勝に思うこと 

小平奈緒さんのスピードスケート500m優勝には感動した。若いと思っていた彼女も、もう31歳。よくここまで努力なさったと思う。

彼女を支えたのが、一民間医療機関であることも嬉しかった。私の親戚がかってお世話になっていた病院で、あちらでは有名な医療機関らしい。だが、昨今、医療事情は極めて厳しく、この病院も決して経営は安泰ではないはず。同病院の理事長がこの記事のインタビューで語る通り、スポンサーとしてのメリットは多くはない。だが、同郷のアスリートを支えたいという純粋な思いで、彼女を9年間も支え続けたわけだ。彼女がこの成績を得た背後にいる、影の功労者の一人だろう。

彼女のように地道に努力を重ねているアスリートに対して、国はどれほどの援助をしてきたのだろうか。もちろん、国の財政が厳しいのは分かるのだが、小平氏のようなアスリートが、今、そして今後の生活の心配をしないで競技に打ち込めるような体制をとってもらいたいものだが・・・。

一方、彼女が優勝した途端、自分の姿をでかでかと映し出して、SNSに祝賀の弁を乗せる、どこかの政治家・・・これこそ、オリンピックの政治利用ではないか?人間として、品位が問われる。

以下、引用~~~

小平奈緒を救った 相沢病院の“無償支援” 無名の頃から支え続ける理由
2/19(月) 5:01配信 デイリースポーツ

 スピードスケート女子500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒(31)=相沢病院。2009年からサポートしているのが、所属先の相沢孝夫理事長(70)だ。無名の頃から支え続ける理由などを語った。

 小平の“所属企業”は病院だ。長野県松本市にある相沢病院は、10年バンクーバー五輪のシーズンが始まる2009年から、当時まだ無名だった小平を支え続けてきた。

 長野の拠点を変えず競技を続けたいと希望していた小平。しかし不況もあって所属企業はなかなか決まらず、信州大卒業間近の3月、結城コーチと病院のスタッフとが知り合いだったことや、小平が病院でリハビリを受けていたという縁もあり、相沢病院を頼った。

 「長野の人が長野で五輪を目指したいと言っているのに、どうして長野の企業はできないの。みんなができないなら僕がやるよと」と振り返るのは相沢孝夫理事長だ。「一流になることは期待していなかった。(周囲からは)広告価値がって言われるけど、相沢病院の名前が出たからって患者さんが来るわけじゃない」。初対面にして小平は、下心なしにその姿勢を支えたいと思える人だった。

 その後、バンクーバー五輪団体追い抜きで銀メダルを獲得。メダルを持って小平は病棟を回った。「持っているパワーを伝えてくれて患者さんもすごく元気になったし、小平さんのファンになっちゃった」と理事長。ひたむきな小平の姿とその魅力は、自然と病院内で広がった。

 ソチ五輪後のオランダへの武者修行も「スタッフの海外留学」という形で支援。小平は「金銭面のサポートがないと無理だった」と感謝する。W杯などの海外遠征へも、できるだけビジネスクラスを利用できるよう支援。17年4月からはサポート役としてソチ五輪代表で栄養士の石沢志穂氏も雇用した。

 支援金は年間約1000万円。それでも「(病院内から)不満もあまり聞かないし、もっと言えば、私がもらっている給料を半分にすればいい」と相沢理事長は笑って話す。これだけ小平が有名になった今も「病院そのものにとってメリットがあると思えない。盛り上がって、一体感があって、仲間意識を持てる。それが重要」と語った。そんな応援を小平は「すごく温かい」と感謝した。

 「今できることを全力でやる小平さんの生きざまが好き。だから人の心に何かを残すのだと思う」と周囲の思いを代弁した理事長。金メダルという結果以上に、小平の滑りは人を魅了し、力を与えた。

コメント

生きざま

ほんと 生きざま ですね

性別や人種を越えて カッコいいです

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