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敗戦記念日 

9条に絞って、憲法改正を討論する番組をNHKが放映している。今日という日に、憲法「改正」を議論するとは、時代は大きく変わったものだ。憲法改正は、敗戦の意味を、ひっくり返す作業だ。

ここ2,3年、憲法改正の議論が、国民の側ではなく、政権与党の側から提起されてきた。小泉前首相のワンフレーズポリティックスによって、あたかも全権委任されたかのように振舞い始めた現政権が、憲法改正を政治日程に挙げた。

現政権の意図は、米国のグローバリズムに追随して、世界各地で自衛隊に米軍と協同して戦争ができるようにすること、集団的自衛権の確立だろう。

その本音を、現政権は表立って言わない。

NHKの番組で、自衛隊を正規軍として認めよという考えの人々は、軍のシビリアンコントロールが容易になされるかのように言う。第二次世界大戦中、アジア各地や沖縄で日本軍が、どのような行動をしたのか、それを徹底して批判的に検証する必要がある。現在、その検証を行なうのとは逆に、事実を隠蔽しようとする動きが表立っている。沖縄で民間人が自害することを日本軍によって「強制された」ことを否定することは、自害した民間の人々を「英霊」として讃え、日本軍の行なったことを積極的に支持することにつながるとして、自害が強制されたものであったことを発言し続けている沖縄の人々の言葉は重い。

日本では人権を大切にする意識が今でも乏しい。官僚により、コントロールされ支配される日本社会。このような状況で、シビリアンコントロールが十分行なえるとはとても思えない。そもそも、戦争のような非常事態になれば、人権もシビリアンコントロールもありえないのだ。

プリーモ レーヴィが、現在の安寧な生活は、あたかも地獄への待合室で生活するようなものだ、と言ったという。待合室の隣が、地獄であることが、戦争体験のない人々が社会の主要な構成員になった今、忘れられ去られ始めているのではないだろうか。

コメント

米国の意向とシビリアンコントロール

ご無沙汰しています。

参院選の大敗で一時後退した憲法改正論議について、第2章に限定して持論を展開したいと思います。あくまで私見ですので、OM諸氏と主張が異なっていたとしても、力で圧することのないように願います。

現状において、背後から憲法9条の改正へと導いているのは、おそらく米国政府の意向でしょう。むろん、外交的な物的証拠がありませんので、あくまで私的な憶測に過ぎません。

まず、いま盛んに論じられている「集団的自衛権」は、米軍の「アウトソーシング」としての意味合いが濃いと考えています。

先のイラク戦争で、米国政府は正規兵より州兵を多用しました。そのほうがコストが安くつきますし、戦後の統治で後方支援を担っているのは、「民間軍事会社」とも言われています。

従って、ハイテク戦争にかかるコストを飛躍的に下げる意味でも、60年以上の駐留に「思いやり予算」で応じてきた日本の(潜在的な)戦力を流用したいと考えるのは、もはや必然の動きではないでしょうか?

次に、シビリアンコントロールの脆弱さについてです。私は自衛隊の内部事情に詳しいわけではありませんが、戦争をしたがっているのは、制服組より、むしろ背広組のような気がするのです。

「文民統制」と訳されるシビリアンコントロールですが、それを担うべき政治家や官僚を統制する術を、憲法上の主権者である一般国民が持ち得ていないことが、日本にとって大きな遺恨となりそうな気がしてならないのです。

シビリアンコントロールが行き届いている米国ですら、戦争を始めたのは議会や大統領といった文民たちです。軍人は、あくまで統帥権を持つ彼らの命令に従ったに過ぎません。これは、後に国務長官を務めた、湾岸戦争時のパウエル元司令官の言動でもわかるはずです。

戦争は、外交能力に欠けた二流、三流の国家が行う野蛮な行為でしかありません。戦争で得をするのは、常に安全な場所から兵を動かす人たちですし、戦争で命を奪われるのは、何の関係もない民間人であることを忘れてはなりません。そして、戦争に大義名分も正義もないことを、いい加減人類は知るべきです。

おっとっと。若輩者がついヒートアップして失礼しました。

岡田さん

今日は。その後、加減は如何ですか。

仰られることは、その通りだと思います。

日本の官僚の人権を無視する体質は、第二次世界大戦前後でも余り変わっていないように思います。

有事になると、制服組の意見が強まるのは、何時どこでも見られる現象でしょう。シビリアンコントロールが、どれだけ有効なのか、懐疑的です。

それに、戦争は、自分のなかに、自分の歩んできた道のなかに存在していたということを、改めて考えるべきなのではないかと強く思います。アジア諸国の人々に対して、沖縄の人々に対して、加害者であったのではないか、と。

元気です

予期せぬ肛門拡張術を受けたので、当分は落ち着かない日々が続きそうです。しかも、まだ椅子に座れないのです。それでも、ボチボチやっておりますので、どうかご安心ください。

ところで、人権については第3章の問題だと思いますので、また別の機会に言及したいと思っています。むやみに論点を広げると、議論が発散しやすくなりますものね。

いずれにしましても、日本が再び戦争という愚を犯さぬよう、我々一般国民が始終目を光らせておく必要がありますね。大変な時代になったように思います。

ひとこと

いつも拝見しております。
 件の番組は私もみました。最近のNHKの捏造体質がよく表れていましたが、反対意見もそれなりにとりあげられていたので幾分かましになったように思います。
 さて、戦争反対、9条を守れと叫ぶ人々に共通するのは、感情論優先で、理性的な意見が殆どみられないことだと思います。
 たしかに現段階での9条改正は、アメリカの思惑を助けるだけで、必ずしも賛成できませんが、実際に、近隣に北朝鮮や中共といった危険な国が日本にミサイルを向けている状況では、日米安保の先の戦略が必要になるでしょう。
 過去(そして現在も)戦争になったという結果には必ず原因があったわけで、それをキチンと検証し分析することが、戦争を避ける一番の方策だと思います(戦争反対、無防備宣言などと叫ぶだけで本当に戦争がなくなると思っているなら白痴に等しいのでは)。まさか、日本軍の世界侵略思想が原因だなどとはいいませんよね?
 こういうひとたちと、医療崩壊に加担している困った患者および家族のひとたちって似ていませんか?
 戦後民主主義教育と今日の医療崩壊は、かなり密接な繋がりがあると思います。

ZENKEIさん

お久しぶりです。

私は、9条を大切にしようという立場です。確かに、この9条を徹底して守ろうとすれば、国際政治の場でかなり苦しい立場に陥る可能性があります。それを見越した上で、私は9条擁護の立場です。それが、あの戦争で犠牲になった人々を忘れぬことにつながると思います。

9条改正派は、現実を見ろと言いますが、現実に流されているか、権力を握る階層にとって都合の良い現実しか見ていないように思えます。

9条を守ろうとする立場を白痴呼ばわりすることこそ、ステレオタイプな見方であり、あまりに単純化して物事を見ているようにしか思えません。

管理人様へ

管理人様へ

 私のコメントに不適切な表現があり、管理人様をご不快にさせてしまったようで、お詫びを申し上げます。
 管理人様の医療人および趣味人としての見識の高さに尊敬の念を抱いておりますので、管理人様を侮辱しているように取られてしまうのは本意ではありません。
 私が指摘したいのは、件の番組で大声をあげているプロ市民といわれるような連中や某政党の党首のような人たちのことです。
 私も、憲法9条は理念としては素晴らしく、将来人類が目指すべきものと思っておりますが、それは世界中の人間の意識がある程度まで高まってからのことで、近隣に人権や社会正義という概念さえ怪しい国家が複数存在する現状では、意識を共有するまで100年単位の年月を要するのではないでしょうか。
 憲法改正は、理念理想を保ったまま、現実的視点を付加する形にするべきかと思います。
 9条が、それを押し付けたアメリカの足枷になっているのは愉快ですが、中共や北朝鮮の邪な戦略に利用されているのも事実です。日本国内にもそれに加担するおかしな勢力も存在しますので、悲しいことですが、理想と現実のバランスは後者に重くならざるを得ません。
 しかし、人類の未来は、理想を持ち続ける意志にかかっているとも思っています(「破滅への道は善意で埋め尽くされている」という言葉をかみしめつつ)。

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