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シモーヌヴェイユの逝去 政教分離の問題 

シモーヌヴェイユが昨年89歳で亡くなっていたことを、今朝、ネットで知った。つい最近まで生きておられたということに驚いた。

反フランコ政権として戦うためにスペイン内乱に出かけた彼女のことを知ったのは、学生時代のことだった。スペイン内乱では、しかし、大した仕事もできずにフランスに彼女は戻ったはずだ。誰かとの公開書簡だったろうか、彼女はカソリックの教会の敷居に立っているが、中に入ることはできないと記していた。精神的に彷徨っていた自分を投影して、親近感を覚えたものだった。彼女は、その後厚労相等政治家としても活躍なさったらしい。ナチスアウシュビッツから生還した政治家として、その発言は重く受け止められていたようだ。(下記追記参照)

もう一つ、このニュースで驚かされたこと。彼女がパンテオンに祀られることになったこと。フランスのパンテオンの意義はよく知らないのだが、どうもある種の宗教的な意味合いがあるらしい。偉人を祀るという行為が、あのフランス革命を経た国で行われていることに、若干の違和感を覚えた。パンテオンの在り方とは相違点が大きいが、我が国も人々を神格化することを戦前行ってきた。その神格化は、当時の権力者が国民を支配するために利用するメカニズムだった。

ホモサピエンスが、ネアンデルタール人との競合、それに気候変動を生き抜き、現在の繁栄がある背景に、宗教の存在があるという。宗教が、血縁を超えた社会での人々の結合を可能にした、それによって弱い存在だったホモサピエンスが生き延びた、ということらしい。宗教が政治と密接な関係にあり続けてきたのは、こうした本源的な意味がある。宗教と政治の一体化が、様々な問題を引き起こすことが近代になって意識され、政教分離が行われたはずなのだが、政治は宗教の力をいつも利用しようとし続けている。それは様々な形で表れているが、パンテオンも、国家神道の神社も同じなのではないだろうか。

シモーヌベイユは、パンテオンに祀られて、どのような気持ちでいることだろう。

追記;お恥ずかしい誤解。このシモーヌは、政治家のシモーヌヴェイユだった。私がこのポストで言及したシモーヌヴェイユは同名異人で、1943年に没していた・・・。

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