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信州 2000年秋 

昨日、探し物をしていたら、クローゼットの引き出しからカセットテープが一つ出てきた。タイトルに、「志音会コンサート2000」とある。ピアノのNさんに誘われて参加した、松本深志高校音楽部OB/OGの演奏会の録音だ。あれから18年も経ったのだ、とため息。まだ数年前のような気がしていた・・・たいした違いでないか・・・。このコンサートについて以前記したかもしれないので、重複したらご容赦願いたい。

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何度か記している通り、40歳台半ばで開業し、開業当初の怒涛のような忙しさが一段落した20年ほど前、何か時間を自分のために使いたいと考えた。その時、学生時代に熱中していたチェロが思い浮かんだ。チェロを近くの楽器屋さんで手に入れた・・・それまで手元にあった楽器は、表板が割れるという大事故を経ていたものだった。念願だった仕事場の自室で、入手した楽器を熱心に練習した。

チェロを再開して、腕には大いに疑問があったが、何とか学生時代のように室内楽をやりたいと思った。大学オケの後輩であるVnのNと、かって一時大学オケでVcに加わっていたピアニストのNさんに声をかけて、メンデルスゾーンのピアノトリオ1番を合わせて頂くことにした。最初の練習の日、長野から上京してくださったNさんに高田馬場駅の混み合う出口でお会いした。長男が誕生した時に、自治医大のレジデントハウスにお祝いをもって駆けつけて下さって以来だった。雑踏の中でお会いした彼女は、おかっぱで色白、当時と全く変わりがない。まるで学生時代に時間が突然戻ったかのような気持ちになった・・・私は、十分歳をとっていたのだが・・・。彼女が以前と変わらぬことを率直に言ったら、にこにこしながら「もっと言って」と仰ったのが、つい昨日のようだ。懐かしい再会だった・・・。

その後、Nさんの母校である松本深志高校の音楽部演奏会に誘って頂いた。9月の週末を使って、練習と本番だった。曲目は、ヘンデルのメサイア抜粋と、フォーレのラシーヌ頌歌。ともに合唱付きの演奏。指揮をなさったのがTさんという方で、やはり松本深志高校のOB。驚いたことに、大学オケで私と同じころビオラを弾いておられた方のご主人だった。チェロは3か4プルト位いた。Nさんも一番後ろのプルトで楽しそうに弾いておられた。チェロの私と同じプルトの方は、私と同年代の方で、笑顔の絶えない感じのよい方だった。後で伺ったら、やはり松本深志高校のOBで、東京芸大を出た歌を専門にする方だった。某女子大で教鞭を取っておられる方だと後で伺った。

今年2月に急逝された礒山雅氏も、この高校の出身である。東大の美学科に進学され、音楽学と音楽史を専攻された彼のことだから、高校時代にこのクラブで活動していたのかもしれない・・・あの浩瀚な名著「マタイ受難曲」の最初のところに、高校生時代に合唱に参加し、そこで見かけた少女のことが出てくる。あの志音会の演奏会に参加した当時は、そのようなことは当然知らず仕舞いだったが、不思議な縁を後で感じたことだった。

ラシーヌ頌歌を弾いたのは初めて。それまであまり聴いたこともなかったが、フォーレのたゆとうようなメロディが、豊かな和声に彩られた美しい音楽だった。弾きながらうっとりしていた。この時に、あまりに思い入れたっぷりにビブラートをかけすぎて、左手の腱鞘炎を起こし、回復するまでに数か月かかったのを覚えている。

こちら。

初秋の信州で、あのように得難い音楽体験をさせて頂いて、ほんとうにありがたいことだった。その後、以前に記した通り、数年間毎年何かしらNさんと一緒に演奏をさせて頂いた。感謝してもしきれないことだ。この数年間、年賀状の交換だけの交流になってしまったが、お元気にお過ごしだろうか・・・。

あの松本での演奏会のような機会は、人生のなかで、まだまだ何度も経験できるかと思っていたが、そうではなさそう。だからこそ貴重な思い出なのかもしれない・・・。本当に得難い機会を与えて頂いた。

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