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「枯葉」 

庭に落ちたいがぐりを掃き集め処理をし、さて、これから木の葉が落ちる番だと思った。ふとシャンソンの「枯葉」を思い起こした。

実は、しばらく前に、イタリ―のフィレンツェの街角で撮影された、「枯葉」のジャズのセッションを気に入り、「枯葉」が頭から離れなかった。そのセッションは、旅行者の韓国人ベーシストが、街角で演奏する現地のミュージシャンに飛び入りで加わり、演奏したもの。ヨーロッパでは、人種間の対立が微妙な問題になっている。そこで、音楽を通して、このような即興のセッションが成立したことに感銘を受けた。もちろん、演奏も素晴らしく、とくにバイオリン奏者の即興演奏には感動だった。

で、「枯葉」のレコードを中学生時代に手に入れ、良く聞いたことを思い出した。イブモンタンの歌う「枯葉」。静かな語りから始まり、いつの間にか、あの美しい旋律に乗せて、「一つの歌がある」と歌いだす。youtubeで検索すると、彼の実況録画が残っていた。聴衆から語り掛けられ、それに笑顔で答え、すっと歌い始める。懐かしさでこころが溢れた。

こちら。

そのころ以来、この曲を聴くことはほとんどなかった。で、歌詞の意味も知らず、フランス語を真似て口ずさんだりしていた。

人生の晩年を迎えて、別れた恋人のことを思い出す。通りに北風が吹き、枯葉が吹き溜まりに集まっている。その頃は、時が輝き、太陽もより明るく輝いていた。・・・と過去を懐かしむ曲だ。老人の感傷と片づけられるのかもしれない。だが、そうした時が、老境を迎えると必要になるものだ。この恋人とは、過ぎ去った自分の青春そのものと言えるのだろう。

でも、まだ感傷だけに浸っているわけにはいかない。一時、その儚い過去の記憶を懐かしんだ後には、まだするべきことがある。この世界をより良いものにして、次の世代に受け渡すために、まだするべきことがある。

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