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米国の医療改革の失敗に学ぶ 

最近のNew England J Medに、「医療改革の失敗から学ぶ」と題する論文が掲載されていた。

J.Oberlander N Eng J Med 357:1677-1679 Oct 25 2007

クリントンの医療改革がどうして失敗したのかという問題について述べている。

かなり大雑把になるが、その抄録を記す。誤りがあればご指摘を頂きたい。

以下、抄録~~~

近年、医療費の再現の無い増大と、無保険者数の記録的な増加、さらに医療システム全般の悪化によって、医療全体の改革への関心が高まっている。

医療改革の歴史から学ぶ必要がある。同じく医療改革の必要性が叫ばれた1993年、クリントンが、健康保険法案を提案して1年後、それは実現されること無く葬られたのだ。

クリントンの提案した法案の内容は、混合診療から、universal coverage全般補償制度に移行することを要求した。即ち、雇用者は、被雇用者の健康保険料を支払う必要がある。国民は、競争原理の働く複数の民間保険から選択する。保険市場は、managed care制度に近いものにさらに移行する。政府は、地域で同一の保険料になるように保険業界を指導し、健康な加入者を選択的に加入させるチェリーピッキング等を禁止する。政府は、保険掛け金の上昇も制限する。

クリントンの法案は、universal coverageという自由主義的な目的と、民間保険間の統御された競争という保守的な手段を両立するものと考えられていた。それによって、医療改革の手詰まりを突破できるはずであった。最大の政治的なアピールを行なうために計画された、他の要素は、雇用者が掛け金を支払うシステム、広範な新しい増税を伴わぬシステムであり、民間保険を保持し、Medicareを残し、国民の健康と、選択権を保証するものということだった。

しかし、この法案が受け入れられることはなかった。

恐らく、このクリントンの政策の最大の誤りは、あまりに野心的であった、すべての項目をカバーしようとするものだったことのように思われる。

このクリントンの政策の失敗から、医療改革の政策に関して幾つかの広範な教訓を得られる。

第一に、いかに医療改革の機運が盛り上がっているように見えても、抵抗する政治勢力が必ず存在する。国の医療支出がは、医療産業関係者の収入であり、彼等の関心は、その支出を増やすことにある(訳者注;米国の医療費は、国際的にみても、ダントツに高く、日本の現状とはかけ離れている)。

第二に、かなりの国民が、現状の自らの医療環境に満足しており、医療改革により、自分の医療環境が、選挙民の意向と衝突し、不安定化するのではないかと危惧している。

第三に、医療システムに関わる政府の公権力が拡大することを否定的に見る立場がある。

第四に、医療改革の財政基盤を何処に求めるかが、手ごわい問題である。クリントン法案が実現しなかった大きな理由は、雇用者の義務に対して国会の賛成が得られなかったことだ。

第五に、政治的な対立が、大統領の権限を制限した。

最後に、改革の機運は、長期間継続しなかった。

クリントン政権が、政治的な誤算や戦術の誤りを犯していないということはない。しかし、彼が医療改革に失敗した最初の大統領ではないことは覚えておいて良い。彼は、ルーズベルト、トルーマン、それにニクソンの後に従ったのである。結局、クリントンの失敗は、政策の誤りというよりも、米国において全般的な医療改革を行なうことのとてつもない困難さをより多く物語っている、と言える。

抄録終わり~~~

米国のような医療システムになると、それを改革することがいかに困難であるか、改めて教えられる論文だ。

持てるものが利益を得る医療システムになると、持てるものは様々な手段を用いて、その医療システムを保持しようとする、ということだろう。

確かに、米国では、皆保険制度になった歴史がなく、自立の精神が尊ばれるという風潮はあるのかもしれないが、持てるものが政治と社会を支配し、動かしているということが、改革の芽をことごとく潰しているように思える。

これは、米国だけの特殊な状況ではない。明日の日本の状況でもあるのだ。

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