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早くに逝ってしまわれた方、晩年を生きる方 

昨日、行きつけの床屋さんに出かけた。私の仕事場のあった場所の近く。車で20分ほどかかるが、この10年間ほど通っている。幹線道路・・・とまではいえないが、結構車の往来のある道路沿い、住宅街の端に、かなり古びた小さな建物があり、そこに理髪店のあの回るサインがある。以前は、時々その道を通り過ぎ、サインが回っていると、お元気にしていることが分かって、ほっとしたものだった。最近は、髪を刈ってもらうときしか、行くことがなくなってしまった。

老夫婦がそこで仕事をしている。ご主人は、80歳を過ぎ、奥様は70歳台半ば、か。お店に入ると、奥から「いらっしゃい」と声を私にかけ、ラジオをつけ、そして電気ストーブを足元で点けてくれる。時間の流れが、途端にゆっくりになる。

お二人のお嬢さんに当たる方のお子さんAちゃんが、赤ちゃんの頃からの私の患者だった。Aちゃんは、かるい喘息があり、少し具合が悪くなると、お二人またはお爺ちゃんが一人で、Aちゃんを連れてこられた。中肉中背で髭を生やし、歯切れ良い話し方をするお爺ちゃんである。最初、私の仕事場に来られるようになった時は、元気そのものの中年の紳士然とした方だった。奥様は小柄でいつも笑顔の優しそうな方。

当時、Aちゃんの母親であるお嬢さんが来られなかったのは、離婚をなさったばかりだったから、と後で伺った。お嬢さん、その頃はまだ20歳台後半の方だった、は少し陰のある美しい方だった・・・つい10年ほど前再婚なさり幸せに暮らしていると伺った。私が仕事場を畳む前数年間は、Aちゃんを連れて、お母さんが来院なさっていた。彼女の仕事のことなども診療の間に時々伺っていた。努力なさって介護士の資格を取られたと聞いた。Aちゃんは、小学校低学年まではおしゃまな子だったが、思春期にさしかかると物静かな少女に変身して行った。

床屋さんで、あのシートに私が収まると、まずは天気の話題・・・そしてお孫さんのこと。Aちゃんはなかなかの努力家で、近傍の国立大学に入り、この春卒業。都内で職場を見つけ、来月下旬には引っ越すらしい。赤ちゃんの時代から、大学に入るまで、ことあるごとにお目にかかっていたので、自分の娘・・・否、孫・・・のことを伺うように、お二人から彼女の様子を伺ってきた。都内では生活も厳しく、誘惑も多いだろうが、実直に生きてこられたご家族の皆さんのようにしっかり生きて行ってもらいたいものだ、とまるで第二の祖父のような思いで伺っていた・・・。

老夫婦は、店を売りに出しているが、買い手が見つからないらしい。頭を刈ってもらい、最後にお爺ちゃんをしっかり見つめる。やはり年齢相当に老けておられる。頭髪は薄く、口ひげにはかなり白いものが混じっている。少し猫背になり、肩の筋肉も落ちている。鋭い眼光は昔のまま。床屋さんを辞めてしまうと、私の行き場がなくなるが、でももう引退なさり、お嬢さん夫婦の家に越してのんびり過ごされるべき時期なのだろう。

ただただ、Aちゃんが育つのをそばで見守るだけの私の仕事だったが、こうしてAちゃんの御一家と長い期間家族のようにお付き合いさせて頂けたことは幸せなことだった。これは、町医者にしか経験できないことだったと思う・・・再びパートの仕事に出ることを私が躊躇うのは、こうした経験ができないからだ。ここにも記したが、昨年秋には、自家製干し柿をお持ちして、老夫婦に喜んで頂いた。この秋まで彼らが仕事を続けておられたら、そして私が農作業を続けることができたなら、収穫した野菜をお持ちできることだろう。

寝る前に、ふっと思い立って、礒山雅教授の「バッハ 魂のエヴァンゲリスト」を読み直し始めた。この本のことはまたいつか詳細にわたってリビューしたいと思っているが、素晴らしい著作である。礒山教授が、ドイツ留学を終えて帰国し1年後に書かれた。1985年初版。彼がまだ30歳台後半の時期だったのではないだろうか。バッハの生涯を振り返りつつ、時々に作曲された代表的な音楽について記されている。特筆すべきは、そのみずみずしい筆致と表現。おそらく、バッハが生涯を過ごした土地を彼自身が訪れて、その様子を記述に生かしている。また、内容がありきたりな伝記ではなく、音楽史の最新の研究成果に基づいている。最後の索引もとても充実している。

この本を手にしたのは、彼の一周忌が今月22日だということを思い出してのことだった・・・これも何度か記した通り、同じ日が武満徹の23回忌でもある。礒山教授は、埼玉で行われたヴォーカルアンサンブルのコンクールに審査員として出席した帰路、雪道で倒れて重傷を負い、4週間近くの闘病後に亡くなられた。これも以前に何度も記した通り、「ヨハネ受難曲」研究で、博士号をICUから受ける試験を受けた直後の出来事だった。ヨハネ受難曲研究の本、それに彼の遺された名作「マタイ受難曲」改訂版の出版を準備していた途中の事故・逝去であった。

早くに逝く方、そして晩年を生きる方・・・自分はどうなるか。

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