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老い・死を受け入れること 

昨夜、U先生の通夜に出席させて頂いた。近くの町の葬儀場。既に、式は始まっていた。義理の父上が、最期に喪主として挨拶された。

U先生は、45日間の闘病生活を送られたが、いつも「誰が悪いわけでもない。何も悪いものはない。」と言いつづけて、従容として死んで逝かれたということだった。

義理の父上が、U先生の亡くなられる前の日の夜に、彼を病室に訪ねた。薬をのむ際に、同じく医師をされている奥様に何の薬か確かめ、それから服用なさっていたそうだ。その後、何時間も経たずに、亡くなられた由。

神谷美恵子女史の名著「こころの旅」の中に、老いに向かう時期に実現される「知恵」について、エリクソンの以下のような言葉が引用されている。

【知恵とは、すなわち死に直面しても、人生そのものに対して、執着のない関心detached concernを持つことである】

U先生が、いかにして死を受容し、医師としての生への関心を持ちつつ、闘病され亡くなって行ったのだろうか。老いと死に抗うのではなく、それを従容として受け入れ、大きな永遠の相の元に生き、死んでゆくことは、どうしたら出来るのだろうか。

亡くなられたU先生に、大きな課題を頂いた気持ちでいる。

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