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同窓会報 

大学の同窓会報が、年に何回か送られてくる。独立行政法人になってからというもの、これも一種の広告効果をねらっているのか、分厚く、かつレイアウトも洗練されて、立派な同窓会報になった。大学を離れているので(というか、研修時点で、母校には残らなかったので)、内容自体には、あまり興味がないのだが、先輩・同級生・後輩の記事が載っていると、ついつい目を奪われる。

同級生で免疫の教授になった友人Kの教室で、高IgE血症の原因遺伝子を突き止めたという成果が載っていた。サイトカインパスウェイの二箇所に遺伝的な異常があるらしい。こうした画期的な研究成果を出している報告を読むと、嬉しくなるのと同時に、わずかながら羨望の気持ちも起きる。Kは、母校以外の大学で主に小児科の研修を2年間行い、その後、基礎の免疫に進み、研究一筋で生きてきた。

その記事を読んだ時に、「生まれ変わったら、また医学部に進んで、今度は研究生活をして一生過ごしたい」と戯言を家内に言うと、貴方は臨床が向いているとの一言・・・。

S先輩が、今年の夏に亡くなったというお悔やみの記事が載っていた。彼は、4,5年先輩にあたり、学生オケでコンサートマスターをしておられた。私がオケに入りたての演奏会で、オケはブラームスの3番の交響曲を演奏した。Sさんは、白皙長身のいかにも学者になりそうな、物静かな方だった。後に病理を専攻され、市中病院で病理医として過ごされた様子だった。

彼と話をしたことは、一度か二度ある程度であった。しかし、オケの練習・本番で、背筋をまっすぐに伸ばし、首をやや傾けて、バイオリンを少し客席側に向けて構えて、熱心に弾いておられた様子を今でも鮮明に覚えている。

当時、私は、チェロでゴーゴー音を立てるだけで、本番には乗れなかった。ブラームスの3番を演奏したのは、当時の文京公会堂のホール(現在のシビックホール)。私は、録音係を仰せつかって、客席の後ろ、高くなった録音スペースに陣取り、アナログの大きなテープ(38と言ったか・・・)を回していた。私の耳には、とても熱く盛り上がる演奏に聞こえた。3楽章の懐かしさを湛えた、テーマ。ホルンが、その旋律を回帰させる頃、私は、録音室で間接的な音を聞いているのに飽き足らなくなり、客席にそっと忍び込み、4楽章のシンコペーションがエネルギーを湧き溢れさせ高揚するのを、興奮しながら聞いたものだった。曲は、いかにもブラームスらしく、高揚のまま終わらず、徐々に消え入るように終りを告げる。この時のコンサートマスターが、Sさんであった。

まだ60歳を少し過ぎただけの年齢だったのだろう。どのような生涯を送られたのだろう・・・。出来れば、またお目にかかり、演奏をお聞きしたかった。

同窓会報の記事は、懐かしい様々な方の人生を断片ながらも伝えてくれる。

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