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「涅槃状態」にある国家 

内田樹氏の言う「涅槃状態」に国民の多くが陥り、覚醒しない。そこをついて、米国を宗主国と仰ぎ戦前体制を作り上げる異形な政権が居座っている。否、政権自体が同じ「涅槃状態」なのだ。安倍首相、政権の得意技は「やっている感」の演出である。自らの権力・権益を確保・維持するために、やっている振りを続けている。安倍政権の行っているのは、外交ではない。対米従属だけである。国民は、それに慣らされ、わが国ほど素晴らしい国はないのだと思いこまされている。

北方領土はわが国固有の領土である、という主張が、外交白書から除かれた。これまでのわが国の政権が維持し続けてきた基本的な主張である。この主張を取り下げることで、ロシアから北方領土を返還できなくても、「無問題」になった。領土問題の解決は難しい。時間と手間のかかる課題だが、安倍政権は、いとも簡単にわが国の主張を取り下げてしまった。

北朝鮮との交渉窓口を持たない国は、関係五か国のうちわが国だけになった。安倍首相は、拉致問題を最重要課題だと打ち上げてきたが、その解決を目指す考えは少しもない。拉致問題を政治的に利用するだけである。拉致問題は、解決されぬことが、安倍首相にとっては大切なのだ。

これらは、安倍政権の「涅槃状態」を示す。そして、それを受け入れ、わが国があたかも独立を満喫し、何も問題のない民主主義主権国家で、世界中から羨まれているという妄想を抱く国民がいる。

Blogos内田樹氏の論考を引用~~~

涅槃状態に入った安倍政権

北方領土問題の解決が政府のアジェンダから消されました。

そんな問題ははじめから存在しなかった、ということにすれば政権の失策は問われない。

これは安倍政権になってから、重要な問題のすべてについて政権が採用してきた遁辞です。

それについて去年ある大学での講演でしゃべったことの一部を再録しておきます。

 そして、2012年から安倍政権が始まる。これが僕の戦後史第五段階論の第五段階に相当するわけですけれども、これはもう切るカードが何もないわけですね。経済カードも政治カードも、新しいカードは何もない。やれることは外交的には全面的な対米従属、アメリカの企業に対する市場開放と、日本の公共財の切り売り。

 とりあえず、それさえしておけば政権は延命できる。

 とにかく「やってはいけないこと」だけはわかっている。

 それは鳩山政権がやったことです。

「国土を返してくれ、国家主権を返してくれ」ということはおくびに出してもいけない。それを言った瞬間に政権が崩壊することだけはわかっている。だから、対米交渉は一切何にもしない。全部アメリカの言う通りにするということだけが決まっている。

「対米交渉」というのは、交渉らしきものをしているただの時間つぶしです。安倍政権の国会運営と同じです。「やっているふり」をしているだけです。最終的にはアメリカの要求を全部丸のみにする。それがわかっているから、アメリカは安倍政権の延命を許している。さすがに対米自立のために何もしなかった政権というのは戦後初めてです。

 日本は主権国家であって、望むものはもうすべて手に入れているので、要求することはなにもない。完全に満たされているというのが安倍政権下の日本国民が享受している「妄想」です。

 もう全部達成し終えた。国土も回復したし、国権も奪還した。だから、世界中から日本は尊敬されている。世界中の人が日本をすばらしい国だとあこがれている。「日本すごい」とか、「世界が尊敬する日本」とかいうテレビ番組や書物が溢れていますけれど、これが第五段階の特徴です。

 もう達成すべき目標がなくなった。すべては手に入ったので、何の努力も要らない。涅槃状態のうちにある。それが現在の日本です。

 敗戦後の国民的な課題であったはずの「国土の回復、国権の回復」は実はとっくの昔から達成されていたので、そんなことは今さら考えるに及ばない。それどころか、明治維新からあと先の大戦までの近代日本がやってきたことはすべて「すばらしい達成」ばかりであって、そのせいで世界中の人々から、とりわけアジアの被侵略地や旧植民地の人たちから感謝され、尊敬されているというような妄説に人々が取り憑かれている。

 沖縄の基地問題に対する日本国民の無関心、北方領土に対する無関心、北朝鮮の拉致問題に対する無関心、すべて同根です。今の日本は最高の状態で、安倍政権がやっている政策は外交も経済すべて成功しているという話のうちに眠りこけているのが現代日本人が落ち込んでいる「ニルヴァーナ状態」です。

 その病的な「努力したくない」感は自民党改憲草案の前文に徴候的に現れています。そこにはこんなことが書いてあります。

「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。」

 これを日本国憲法の前文と比べると、その異様さが際立ちます。憲法前文にはこうあります。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う

 自民党改憲案は「占めており」、現行憲法は「占めたいと思う」です。

 自民党草案を起草した人間の脳内では、日本はすでに国際社会において重要な地位を「占め終わっている」。

 だとすれば、いったいこれ以上何を努力する必要があるのか。

 実現困難な理想を掲げて、それに向けて鋭意邁進するというタイプの文言はもう使わないということについてどうやら起草委員たちはひそかに合意していたようです。

 日本にはもう努力目標が存在しない。

 アメリカからの国家主権の奪還は不可能なので、それについてはもう語らない。アメリカとロシアからの領土の回復は不可能なので、それについても、もう語らない。安保理の常任理事国入りについても、もう語らない。

 それが21世紀の日本人が落ち込んでいる国民的規模での「涅槃」状態です。

 これは重い病気に罹った人間が「私はまったく健康である。他の人たちが私の健康を羨ましがっているほどだ」とへらへら笑っているのと変わらない。主観的にはいい気分かも知れないけれど、そうやっているうちに手当をしない患部はどんどん壊死している。(後略)

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