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エセ保守政権は、記録・歴史を隠蔽・改ざんする 

昨夜(深夜)にアップしたニュースにも関連する、青木理氏の評論。まっとうな意見だ。

だが、元号変更と刃物事件の報道ばかりで、この国の存立を左右する問題はあまり報道されていないようだ。

内田樹氏が、「涅槃状態」にあると喝破した世情だが、「生きる力、生きるための本当のエートス」を失いつつある社会になっているような気がする。何が正しく、何が生きる上で根本的に重要なことなのか、人々が分からなくなっている状況というべきか。

少なくとも、真正の記録を率先して破棄し、フェークで乗り切ろうとする政権等存在を許してはいけないはずなのだが、政権のおぜん立てした祭りとスキャンダルの報道で国民は酔いしれているように思える。

本当の保守はいないのだろうか。そして、このエセ保守政権の本質を国民が理解する日は来るのだろうか。

以下、引用~~~

【 週刊現代 5月11・18日号 青木理:記録を大量廃棄し、歴史の礎を無視する現政権はエセ保守にすぎない

パリのノートルダム大聖堂が炎上し、フランスのみならず世界に衝撃を与えた。それも当然なのだろう。12世紀半ばに建設がはじまり、ほぼ完成したのは13世紀半ば。ざっと800年超の歴史を持ち、初期ゴシック建築の傑作として世界文化遺産の一角に登録されている。歴代大統領の国葬などにも使われ、渡仏する観光客は誰もが足を運び、フランスにとってシンボル的な存在だったのだから。

一方で、ふと考えてみたくなる。煎じ詰めれば単なる建築物に過ぎないものの喪失が、なぜこれほどの衝撃事として世界に伝えられたか。大きくはノートルダム大聖堂の持つ「歴史性」ゆえだろう。はるか以前の人びとが壮麗な建築物の創造にエネルギーを注ぎ、紆余曲折を経てそれは800年後の現在まで遺された。長きにわたる時の積み重ねは、当然のこととしてさまざまな逸話や事件も絡みつき、そうして形作られる歴史や伝統に多くの人が敬意を抱き、頭を垂れる。決して保守主義者でない私も、大聖堂の炎上には心が痛んだ。

逆に言うなら、長きにわたる時の経過に耐えうるように事物を後世に伝えていくことこそ、歴史や伝統を重んじる保守主義の要諦ということになる。では、大聖堂の炎上とほぼ同時期に報じられたこのニュースはどう受け止めるべきか。4月14日、毎日新聞朝刊の1面トップ記事である。

首相と省庁幹部らの面談で使われた説明資料や議事録などの記録約1年分を毎日新聞が首相官邸に情報公開請求したところ、全て「不存在」と回答された。(中略) 官邸の担当者は「記録は政策を担当する省庁の責任で管理すべきだ」と説明したが、重要とみられる16件を抽出して府省側に同様の請求ことをしたところ、10件については説明資料の保有を認めたものの、どの府省も議事録の保有を認めなかった 〉

記事には〈 匿名で取材に応じた複数の省の幹部 〉の話がこう記されている。「官邸は情報漏えいを警戒して面談に記録要員を入れさせない」

関連記事にこんな証言も。
〈 ある省の幹部は「首相の前ではメモは取れない。見つかれば、次の面談から入れてもらえなくなる」と打ち明けた。別の省の幹部たちは「メモはまずいので、ポケットに録音機を忍ばせて臨んだ」「幹部は面談後、記憶した首相とのやり取りを部下に口頭で伝えてメモを作らせている」と証言した。「官邸ににらまれるので、公文書扱いにはしていない」と話した幹部もいた 〉

振り返れば、各省庁で重要文書の隠蔽、廃棄が相次ぎ、ついには財務省で公文書が改竄された森友学園問題などを受け、政府は公文書の扱いに関するガイドラインを改定し、政策や事業実施に影響を与える打ち合わせ記録の作成を義務づけた。だというのにこの惨状。これでは権力中枢の意思決定過程が検証できず、行政の私物化をますます横行させかねない ー などと難じても、おそらく現政権とそのコアな支持層には蛙の面に小便だろう。

しかし、これは歴史の礎となる重要記録が残らないことも意味する。公開するか否かは脇に置くとしても、権力の意思決定をめぐる正確な記録を残さなければ、後世の人びとが敬意を抱き、頭を垂れるかもしれない歴史は紡げない。伝統は形作られない。現政権とコアな支持層が真の保守ではなく、エセ保守であることの何よりの証左である。

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