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医師にとって、訴訟に巻き込まれることとは・・・ 

かって、近しい医師が、医療に関わる損害請求民事裁判の被告になったことがある。訴えてきた患者さんの言い分は、病気が良くならない、転院を希望していたが、それを叶えてもらえなかったというものだった。その主治医だった方に聞くと、かなり難しい症例であり、できるだけの手を打った、経過中に何度かより専門医療の受けられる施設に紹介することを申し出た、しかし、彼は転院を断り続けた、ということであった。詳細を聞くと、この医師の言い分が正しいことが分かる。大体において、訴訟に持ち込むほどに医師への不信があるのであれば、自ら、転院すればよいことである。

結局、裁判が開かれる前に、この原告の患者さんは、訴訟を取り下げて一件落着となった。それが、どちらの言い分が正当なものであったのかを物語っている。

しかし、この簡単そうに思える訴訟経過であっても、医師への負担は、並大抵のことではなかったようだ。損害保険会社・医師会との折衝、説明、膨大な書類作り、さらに弁護士への詳細な説明等々・・・。それに費やした時間は膨大なものであったようだ。さらに、もっと大きな医師の受ける衝撃は、一生懸命医療を施した患者さんに、このような形で攻撃されたことそのものだったのではあるまいか。

同じ臨床医として、そうした精神的な衝撃が、医師としての士気を確実に落とすことを想像するに難くない。このような状況に立たされた臨床医は、孤立無縁となり、肉体的にも精神的にも追いやられるのだ。勿論、民事訴訟に値するような医療過誤があることも知っているが、近年の患者さんの権利意識の高まりと、マスコミ・法曹のステレオタイプな医師に責任を負わせる風潮は、臨床医学的にみてどう考えても理解しがたい訴訟を多く生んでいるように思える。

そうした状況が、結局は、医師の士気を落とし、医療現場から医師を離れさせる、または萎縮医療をもたらすことになることを、国民とマスコミ・法曹の人々は何時になったら気づくのだろうか。





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