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信州行 

先月下旬、思いついて・・・そう、思いついたらすっと出かける旅をしたいとリタイアする前から念願していたのだ・・・信州に一泊で出かけてきた。

下の道を通って行った。1980年前後、まだ高速道路ができていない頃、子供を親に見てもらい、同じ道を家内と信州に旅した。今回は、午後遅くに家を出たので碓氷峠を越えるころには、とっぷりと日が暮れていた。上田の辺りで一泊。翌日、朝早く鹿教湯を目指した。何度も記しているが、学生時代に、鹿教湯の病院で研修、というか見学をさせてもらった。同級生数名と一緒に、上野から同じ列車で上田へ、そして田舎のバスで、渓谷にある鹿教湯に向かったのだった。

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その後も何度かこの道を自分の車で通った。松本で開催されたUさんのリサイタルを聴きに行った時も、この道を通ったのだったか・・・。この初夏ともいえる時期にここを通るのは初めてだ。すべてが生き生きとしている。

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鹿教湯の病院は、建て替えられ、以前の面影はない。私たちが研修で訪れたときは、コンクリートむき出しの外壁、4から5階建ての垢ぬけない建物だった。その前が広場になっており、向かって右側に私たちが寝泊まりした建物があった。今は当時の面影はまったくない。研修といっても大した内容ではなく、病院の様子を見せて頂くだけだった。だが、臨床を始めたばかりの私たちには新鮮だったのだろう。

当時、この病院の院長をなさっていたのは、第三内科出身のF先生で、彼が毎年夏学生を研修に呼んでくださっていた。おそらく、将来この病院で仕事をするようになることを期待してのことだったのだろう。この病院は第三内科の関連病院になっていたが、今はどうなっているのだろうか・・・大体、ナンバー内科が未だ存続しているのかもしらない。臓器別の細分化された教室になってしまったようだ。F先生も存命だとしてももうかなりの高齢。もちろん現役は引退なさっているはずだ。・・・すべてが、変わった。

やはり1980年代だったろうか、父の元の同僚の方がこの病院に入院なさっていたことがあった。父の代わりにお見舞いに出かけた。その方も大分前に亡くなられた。

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鹿教湯は、典型的な温泉街。だいぶ高層建築のホテルが増えたが、街を南北に走る道は昔のままだった。早朝のせいもあるが、人通りは少ない。その研修時、夕食前だったか後だったか、友人たちとこの道を散歩した。たわいもない話をしながら歩いた。でも、将来医師としてどのような生活が待ち受けているのか、少しの不安とともに漠とした期待は確かにあった。あの同級生たちも皆リタイアの時期になっているはずだ。

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松本・安曇野方面へ向けて、三才山トンネルを通る有料道路を走った。トンネル手前で周囲の林を撮影した。通勤時間にさしかかり、車が結構走っていた。この有料道路、建設コストをカバーしたので、来年から無料になる由。長野県、なかなかやるではないか・・・。

松本の北部で渋滞に巻き込まれた。安曇野の自然、北アルプスが見える地点で、しっかり渋滞になっていることに違和感。信州は、観光だけでもっているわけではなく、人々が生活している地域でもあるという当然のことを改めて感じた。

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大町を経て、青木湖へ。これも繰り返し記したことだが、ここから数km先にある神城という街で、毎年8月末にオケの合宿をした。半日程度自由になるときがあり、数名の友人たちとこの湖に歩いてやってきた。で、私とあと二、三名が湖畔から泳いだ。完全な横断ではなかったが、ボート乗り場まで数百mは泳いだか。水泳パンツをもちろん履いていたはずなので、最初から泳ぐ気満々だったのだ。ところが、岸に上がってみると、遊泳禁止の看板。湖のなか、急に水温が下がる場所があり、危険だということだった。

女子も二、三人いたと思うが、彼女たちは泳がず。この通りを、また1時間ほどかけて、騒ぎながら合宿所に戻って行った。あの当時の友人たち、多くは後輩だったが、とは連絡が取れていない。皆元気にしているだろうか・・・。

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この道が、白馬から小谷を抜けて、糸魚川に至る唯一の道路だった。現在は、少し小高いところを走るバイパスがあり、それで糸魚川に簡単に抜けることができる・・・だが、トンネルが多く、あの秘境の姫川渓谷を走り抜ける楽しみはない。交通は専らバイパスなので、この下の道は閑散としている。真夏になると少しは観光客が来るのかもしれないが、この時期は本当に人と出会うことがない。

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オケ合宿の常宿「やまや」から少し南に行ったところにある、スキー場のリフト発着所から望む五竜岳。ここも人が殆どいなかった。

途中まで、下の道を走ってみたが、山道に迷い込み、結局バイパスに乗った。本当は、姫川沿いを走る曲がりくねった道を走りたかったのだが・・・。糸魚川に出た突き当りに、五洋水産というご飯を食べさせてくれるドライブインがあったのだが、きれいになくなっていた。1980年代、大学を辞めて、市中病院に移る前に、やはり車で通りすがり、五洋水産で美味しいあら汁を頂いたのだったが、やはり時間が経ったということか。

このドライブ旅行の最中、しきりに今は亡き友人たちのことを思い起こしていた。その一人は、中島守氏JH1HDX。長男が小学生のころ、長男と彼と三名で、この姫川沿いから加賀温泉に旅行した。JA9FNC月田氏にお世話になった・・・このことは既にこのブログに記した。その後、私が一人でここを旅行した時に、中島氏とモービルで交信し続けた。中島氏が亡くなって、もう10年前後経つ。

鹿教湯で、将来を夢見たころからもうすぐ半世紀だ・・・時間が経ったものだ。残された時間を、また丁寧に一歩一歩歩むことだ。

北陸自動車道から関越自動車道に乗り、暗くなる前に自宅に帰着。

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