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冤罪の構図 

官僚は、行政を行なうために、権力を付与されている。官僚が、物事の正・不正を判断し、同時に、それに対する罰則を科するのは、冤罪を作り出す可能性が高い。権力が暴走を起す可能性は常に念頭に置く必要がある。

公認会計士の方が、冤罪に陥れられ、行政・検察と戦った経緯が、ここに記録されている。例のホリエモンの粉飾を、明快に明らかにした方であり、この冤罪が彼のデッチ上げとは信じがたい・・・本当のことなのだろうと思う。

福島県立大野病院事件も、少なくとも刑事事件としては冤罪である。医療事故がらみの刑事事件に、そのような例が少なからず見られる。

ところが、医療事故調(医療安全調と呼称を変えるそうであるが、この変更も実体隠しだ)では、厚生労働省下の一つの組織が、医療事故であるかどうか判断し、行政処分を下す。さらには、民事・刑事訴訟への橋渡しをする。医療事故は、大きく言えば、医療制度そのものの瑕疵から生じている可能性もあり、医療制度の枠組みを作る官庁が、その制度の問題を判断することになるのだ。厚生労働省が、自らの過失を認めることなど、これまでの薬害の歴史や、医療制度の度重なる改変とそれに伴う混乱への対応をみて、到底考えられない。恐らく、医療現場にすべての責任を取らせることになる。上記の公認会計士氏に冤罪が被せられたのと、同じ事象が、あちこちで起きることになるのではないだろうか。

こうした医療の根幹にかかわる制度は一旦できると、一人歩きを始める。官僚は、こうした制度をすぐに改変することはないだろう。いくら善意で作られた制度であっても、権力装置のなかに組み込まれると、暴走を起こす可能性がある。その時になって、制度の問題を訴えても始まらない。医療事故調が、法制化される前に、より慎重に時間をかけて検討すること、そして医療現場の声も反映されるべきことを強く訴えてゆかねばならないと思う。

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