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白血病の疑いの児・・・ 

今朝、外国籍のMちゃん、3歳になる可愛い女の子、が外来にやってきた。元々色白なのだが、今朝は、異様に青白い。高熱。咳。それに唇から出血を起こしていた。リンパ節や肝臓などは肥大していない。元気がない。血液疾患を疑い、採血。しばらくすると、検査会社から電話があり、末梢血に「芽球」が出ているという。貧血と、白血球減少もある。炎症反応も強陽性。すぐに、ご両親に電話をかけて、もう一度来院していただく。白血病の可能性があるので大きな病院を受診するように申し上げた。日本語が良く通じないが、何とか理解して頂いた。

存じ上げている小児血液の専門家が、科長をしているある医療機関(大学病院)に連絡。電話口に出た血液系の担当医に、満床なので受け入れられないと、言葉は丁寧だが、はっきりと断られてしまった。先日の血小板減少性紫斑病の患児のときも同様だった。教授と知り合いであることを言ったが、同じ反応。私がそこでしばらく教員をしていたこともあり、私のことは知っていると、電話口に出た医師は言う。それほど忙しいのか。私が、仕事をしていたころは、白血病の初発の疑いがあるケースであれば、何としてでも受け入れたものだったが・・・時代が変わったということなのだろうか。それとも、やはり医師不足が影響しているのか。結局、別な大学病院に連絡して、受け入れていただけることになった。

私が、小児科を志した大きな動機は、学生時代臨床実習で、リンパ腫の白血病化を起こした小学生の女の子を受け持ったことだった。生命力に一番溢れているはずの、こうした年齢で、命を脅かされる病気にかかっている児が、目の前にいる。その事実に圧倒されてしまった。血液系の悪性疾患は、他の悪性新生物のなかでも、血球という目に見える情報源があるということも、知的な関心を引き立てた。

結局、医師となり、血液疾患の診療にはある程度関わったが、専門とすることはなかった。ただ、研修医となって、初めて受け持った患者さんが、やはり白血病の幼児Yちゃん。当時、病型分類が出来なかった未分化型の急性白血病の児だった。1年間以上様々な治療を試みたが、十分な効果は得られなかった。途中、化学療法の合間に、一時自覚症状がよくなった時期があり、そこで初めて、彼女がにっこり笑ってくれたことが印象的だった。治療方針を立てる立場にはなかったが、あのように化学療法を最後まで繰り返さなければならなかったのか、今でも少し疑問に感じることもある・・・化学療法をすることによって、あれだけご両親と一緒の時間を過ごすことができたということもできるのかもしれないが・・・。現在のように、骨髄移植が出来たら、あのYちゃんも病気を克服できたのだろうか・・・。

哀しみを湛えたような、Mちゃんの静かな眼差し。彼女がこれから立ち向かわねばならない、人生の大きな障壁。それを思うと、気持ちが落ち込む。願わくば、診断を確定してもらい、適切な治療で、また元気になって欲しいものだと、こころのなかで祈った。

コメント

小児科のこと

卒業試験を控えたある秋の日、小児科の教授からお誘いの電話がかかってきました。30分ほどお話しをしたものの、最終的に丁重にお断りしました。

当時小児科もちょっとだけ興味があったのですが最終的にお断りした一番の理由、それは小児が亡くなるのが耐えられなかったからです。かわいそうでかわいそうで…。本当なら元気がいいはずの子供が、本当に具合悪そうで。あの姿を見るに堪えられなく、小児科は志望しませんでした。

上の記事を読むと涙が出そうになります。

QW先生の感受性を、私は、仕事を続けるうちに、失ってしまったような気がします。亡くなってゆく患者さんとご家族に、感情移入し続けていると、持たないですものね。しかし、もうすぐ、医師としての生活の最終章に入ろうとしている現在、思い出されるのは、幼くして亡くならざるを得なかった子ども達のことですね。いろいろなことを、彼等から学んだと思います。

小児科では、やはり生命満ち溢れるべき子ども達が亡くなるという厳しい面もありますが、一方、患児が良くなってニコッとしてくれるのを多く経験できる科でもありますよ。少なくとも、内科に比べますと・・・。

先生は、卒業時、引っ張りだこだったのですね・・・。

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