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散歩道の脇にある小さな神社 

歩くことは、健康維持、とくに心肺機能の維持のために必要なこと。私の年齢層になると、生活で4000歩程度、それに散歩で4000歩程度歩く必要があると言われている。万歩計をつけているのだが、ついつい屋内での生活、車での移動になってしまい、この歩数すら確保できないことが多い。

それでも、週に一度は、遠くを歩くことにしている。本当は週二、三回は必要なのだが・・・。

最近、開発した散歩コースは、南側のまだ開発されていない地域。昔の面影を残している。左側の画像が、その散歩コース。両側に畑。その東側に集落。西側は、ずっと先に工業団地。狭い道なので、車はおろか人も殆ど通らない。ある場所には、昔人家があって、どうも放棄されたような場所があり、木がうっそうと伸び、雑草でおおわれている地所がある。これから、こうした放棄される土地、家が増えて行くのだろう。

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左側に杉の林が見える。何度か散歩するたびに、一体何があるのか気になっていた。先日、舗装されていない農道を通り、その杉林に近づいてみた。予期していた通り、小さな社が現れた。稲荷神社とある。

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世辞にも立派な社とはいえない。周囲の杉は結構な樹齢なので、きっと昭和の時代に建て替えられたものだろう。社の中を覗き込むと、小さな祭壇が祀られている。だが、周囲の荒れ方からすると、あまり熱心に手入れをしている様子ではない。

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この神社の説明の看板がある。中村宗村が鎌倉時代源頼朝に従って武勲を挙げたために、今の仙台で伊達家を起こした。その宗村が神社を創建したような記述。この稲荷神社のすぐ近くにも別な神社・・・そちらはそれなりに古く大規模・・・があり、そちらにも同じような記述があった。きっと宗村は、この土地の自慢の武士だったのだろう。

このようなど田舎に、いや田舎だからこそか、このような神社があることにこころ安らぐ思いになる。八百万の神々の一つで、時の権力者が権勢を誇るために建てたに過ぎないかもしれないが、この地域に住む人々が営々と神社を守り続けてきた(この神社は少し手抜きの世話になっているようだが)、神社に拠り頼み、人生を送ってきただろうからだ。そうでなければ、神社が残り続けることはない・・・この神社は、お隣の神社の勢力に押され気味な可哀そうな神社なのかもしれないが。

この地域は、元来母の実家のある地域。だが、その実家の祖先と言えども、明治時代、またはその前に、数km離れた地域から移り住んできたということを聞いた。あまり家系のことは興味がないのだが、多くの祖先が、この地域で生まれ、歩き、働き、そして死んでいった、ということだ。こうした神社に出会うと、そうした祖先が愛おしく、近しい存在に思えてくる。

念のために書いておくが、現在の神社の多くを取りまとめる、神社本庁という宗教団体は本来消えるべき存在。第二次世界大戦中国家神道となり、日本を誤った方向に向かわせた疑似宗教団体だ。今も、戦前の体制に戻そうと強烈な政治活動をしている・・・それに国民は気づいていない。年始のお参りや、賽銭の類は絶対にやらない。それは、神社本庁の活動資金になっているから。

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