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A hectic week end 

先週末は、やはり慌しい週末になった。オケの定演のためだ。土曜日は、夕方からゲネプロという最終の練習があった。演奏会場、K市のとても立派なホール。中規模の地方都市に、このようなホールが相応しいのかどうか・・・などと思いながら、客席で楽器を取り出し、ホールに乗って練習開始。直前の練習では、セーブして弾こうと思いつつ、ついつい熱中してしまう。まだ上手く弾けない部分も実は残っているのだが、仕方なし。ブラ2の1、2楽章は、少なくとも一応自分の思うように弾けるようになった気がする。

チェロは、5プルト(10名)もそろい壮観だ。バイオリンも第一、第二ともに同程度の人数がそろっている。ビギナー枠というものがあって、前半のプログラムには、中高年や、小中学生の楽器を始めて間もない方も、数多く舞台に乗っている。練習終了は、午後10時近く。帰宅したら11時を回っていた。普段、演奏会前といっても、こんなことは余りないのだが、寝付かれなかった。ゲネプロで神経が昂ぶってしまったか。

演奏会当日、日曜日の朝、4時間半程度の睡眠しかとれずに起き出した。よせばよいのに、少し気持ちを落ち着かせようと、無線機の前に座る。14メガは、北米には閉じているように見えたが、CQを出すと、KL7AAが強力な信号で呼んできた。Roger WB0CMZが、クラブ局からオンエアーしていたのだ。彼のことは、何処かに記した気がするが・・・彼は、同じ小児科医で、現在52歳。1980年代、彼が、ニューメキシコの先住民居住区の医療機関で仕事をしていた頃からの付き合いである。まだ、大学にいた私は、ずうずうしくも、英語で記した論文の添削をお願いしたりしたものだった。彼は、その後、一時CDCに移り、疫学的な研究を行い、またニューメキシコに戻った。アラスカの先住民居住区での仕事に変わってからは、もう10年ほど経とうか。最近は、自宅からオンエアーできないそうで、この数年はお目にかかっていなかったような気がする。

お嬢様お二人の内、長女は、国際関係論を専攻し大学を卒業、スペインで仕事をされている、次女の方は、工業化学を専攻する大学3年生。二人には常日頃、医師にはなるなと言ってあったので、その通りになったと言って笑っていた。現在、救急医療部門で仕事をしている彼も、そろそろリタイアするか、パートの仕事にして、また研究生活に戻りたいと言っていたが、お嬢様への経済支援と奥様の意向でなかなか実現できそうにないとのことだった。近いうちに、エレクラフトのK3を手に入れ、ビームを上げて出てくると言っていた。

とても懐かしい方との交信であっという間に1時間近くの時間が過ぎてしまった。7時半には自宅を出て、演奏会場に向かった。エキストラの方々も多く、もの凄い大所帯のオケになっていた。午前中のリハは、やはり少し手を抜いてと思ったが、つい力が入ってしまう。昼休み、さて着替えるかという段になって、黒の上下の内、ズボンを忘れたことが判明。少し慌てるが、濃紺のズボンをはいていたので、それでごまかす(苦笑。

午後3時開演、「G線上のアリア」は、第一バイオリンが綿々と謳う旋律に、通奏低音をつける作業。コンバスのトップが、音楽の専門家らしかった。通奏低音のピッチカート一つとっても、テンポと強弱等で表情を付けられることを、彼の音を背後に聞きながら感心していた。ブラームスの「大学祝典序曲」、これが結構難曲であるのに、それに加えて、本番になったら、早い。これでもかというテンポで走るが、途中で持ち直し、めでたくコーダにたどり着く。プロコフィエフ「古典交響曲」は、可愛らしい曲なのだが、縦の線がそろい、また滅茶苦茶早いパッセージや、ピッチカートとアルコの曲芸的な変換もあり、大変だった。プロコフィエフの天才性を垣間見ることのできた曲であった。ブラ2は、ブラームスの交響曲のなかで、一番流れの良い曲。自然に接して癒されてゆくような気分になる。4楽章コーダ前で、隣の方が譜めくりに失敗、2段分くらい落ちるご愛嬌はあったが、それなりに楽しめて弾けた。もうこれで弾くことがないのかも思うと、名残惜しいような気分だった。

終わって自宅に帰着すると、すでに夜8時頃、くたくたの一週間だったと改めて実感。12月の定演では、「白鳥の湖」のトップを弾くようにと言われて、しばらく考え込んでいたが、その方向で話が進み始め、一丁やってやるかという気持ちになった。パダクションのチェロのソロ、弾けるだろうか・・・。

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