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この日に ブラームス インテルメッツォ作品118-2 

最近、休む前に良く聴くのが、バックハウスの演奏するブラームスインテルメッツォ作品118。2番がこころに染み入る。

こちら。

ネットで、この作品についてこんな解説に巡り合った。その後半部分。

バッハ、ルター派のキリスト教信仰との関連を、この曲に聴くこの「アナリーゼ」が音楽的に妥当かどうか判断するだけの力量が私にはない。が、なかなか面白い。こころ静かに聴くと、ドイツのこの伝統をブラームスが受け継ぎ、この音楽に結実させているようにも思えてくる。この「O Haupt Voll Blut und Ganzen」という讃美歌のメロディは、マタイ受難曲の信仰告白のコラールとして何度も用いられている。たしか、ルターが作曲した讃美歌だ。

でも、やはりこの作品118-2は、ブラームスがこの曲を献呈したクララに向かって、君だけ話すのだけれどね、と親し気に耳元でささやく音楽のように聴こえる。人生をともに過ごしてきた長い時間を互いに共有する者だけが語り合える親密さだ。小春日和の陽光の差す庭先で、お茶を飲みながら・・・。

あるエピソードが繰り返し私の記憶に蘇る。大学オケの後輩Tが、オケ錬からの帰路、お茶大のキャンパスの薄暗いなかで、そっと「このインテルメッツォ、良いですよね」と私に語り掛けたことだ。彼の少しハスキーな声がまだ脳裏に残っている。彼や、他の何人かの友人とは、ブラームス、フォーレ等の室内楽を好む点で共通点があり、いつも一緒にたむろし、時には私のヘタなチェロを加えてもらい、そうした室内楽の一部を一緒に弾いた。まだ若かった彼が、あの時、どのような気持ちであのように語り掛けたのか、いつか再会する機会があったら是非聞いてみたいものだ。そして、互いに年を重ねて、今、この曲を聴いてどのように思うのか・・・。

私にとっては、激高する興奮もなく、また灰色のペシミズムに覆われ尽くすこともなく、淡々と過去の想い出を語りかけているように思える。ブラームスの音楽にしては珍しく、モノフォニックに曲想を扱い、こころのなかに素直に入り込んで来る音楽だ。

最近、何人かの友人から、自身、また配偶者の健康問題で、深刻な状況にあることを聞かされた。皆、私と同年代か、より高齢の方々。老いを迎えるのは、容易なことではない。老いの中で生き続けること、それ自体が一つの戦い。願わくば、ブラームスがこの音楽に託したように、ときに戦いを忘れて、過去の想い出を共有する方、またはそうでない方でも同じように生き感じている方と語り合いたいものだ・・・と言いつつ、この日記、モノローグになっている 苦笑。

今日、私は71歳の誕生日を迎えた。71年前、母が重かったというお産で私を生み、そして両親が貧しい中私を育ててくれた、それを思い起こして過ごそう。

この作品118をブラームスがクララに献呈し、その2年後にクララが亡くなり、ブラームスも3年後には亡くなった・・・。

コメント

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Re: お誕生日おめでとうございます!

ありがとうございます。私も、無線の方は、大分熱意が冷めてしまいました。というか、無線の熱さがなくなったというべきか 苦笑。英文ブログも、大分マンネリ化し、さらにもともとない英語力がさらに衰えているのは否めませんが、無線に代わり、そちらで発信をと考えております。どうぞお体を大切になさり、引き続きご活躍ください。またどこかでお目にかかりましょう。

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