過ぎゆく時間を眺めて 

毎日のようにスーパーに買い物に出かける。物価が上がっている。毎日欠かすことのできぬ食料の値上がりが著しい。

昨夕、NHKラジオで、この物価上昇について報じ、某経済研究所のエコノミストなる人物がコメントをしていた。値上がりの要因は、円安、開発途上国での需要の伸びなどと説明していた。彼曰く、だが、現在アベノミクスで好景気であり、給与が上昇している(詳細を聞き逃したが、安倍首相が何時も引用する指標)から、この物価上昇は、良いものなのだそうだ。

好景気等は、円安の恩恵を受ける輸出大企業だけの話だろうし、実質賃金は下がり続け、さらに年金も実質引き下げである。ま、その話は置いておくとして、マスコミがコメンテーターとして採用する人物は、押しなべて現政権を批判しない現状肯定の方々になっている。現政権は、自らに批判的なコメントをする人物を、マスコミから排除するように、裏で動いているらしい。

国の形が、内側でも、外側に向かっても、大きく変わろうとしているのに、問題を指摘し、議論する論客が、マスコミにはいない。マスコミで働く人間、特にその上層部にいる人間は、元来、「持てる」者たちなのだ。彼らは、時の政権、特に有無を言わせぬやり方の政権には、黙りこくってしまう。テレビ、ラジオで、そうした重要事項にかかわるニュースに接する度に、それを強く感じる。

それに対して、我々はどのように対応すべきなのか。一つは、印刷物の媒体をもっと重視すべきだろう。しばらく前から、岩波書店発行の「世界」を定期購読し始めた。その昔、この雑誌に、医療の診療報酬不正請求が9兆円というデマを堂々と述べた論文が載っていたことがあり、それ以来、読むのをピタッと止めていた。だが、再び読むようになると、質の良しあしは多少あるが、私の知らない情報、知見が掲載されていることが多い。最近、上梓された「沖縄 何が起きているのか」という沖縄特集の別冊は、沖縄の過去、現在、未来について多くのことを教えてくれた。沖縄県外の国民が、沖縄のことについて如何に無関心、無知であるか、ということだ。辺野古の状況も、マスコミは、時々しか報じない。我々は、まず知る努力をすべきなのだ。

新聞にも時に良い記事が載ることがあるが、総体としてみると、テレビ、ラジオと同列の記事が多い。広告料に縛られている媒体なので、仕方ないのかもしれない。

それに、ネット。これも玉石混交で、石がやや多い印象だが、横のつながりができるというメリット、誰でも発信者になれるというメリットは大きい。リテラシーをもって、ネットも活用してゆきたいものだ。拙ブログに何の意味があるのか、と時々自問することがある。積極的な意味がないのではないか、という意識がその背後にはある。でも、こうして田舎で生活する元小児科医が、世の中をどのように観たかを拙い文章で残すことに意味が全くないということはなかろう。

というわけで、もうしばらくは、このブログを続けることにしよう。

ギルバートさん、それは占領軍マッカーサー元帥に言うべきですね 

ケントギルバートというタレント(本来弁護士らしいが)がいる。彼は、そのブログで、なかなか右寄りの論陣を張っている。

韓国に竹島の占拠を許したがために、わが国の漁民が殺され、拿捕された、したがって、憲法第九条を放棄して軍隊を持ち、自国の領土を守らなければだめだ、というポストを、彼が最近投稿している。こちら

竹島問題に関わる重要な歴史的事象は

1)占領軍により、マッカーサーラインと呼ばれる占有ラインが戦後引かれた。それによると竹島は日本の領土から外れていた。
2)下記のサンフランシスコ条約締結直前に、韓国の李承晩大統領が、自身の名前で呼ばれる国境線を引いた。それは、マッカーサーラインを踏襲するものだった。竹島は韓国領に組み入れられた。
3)サンフランシスコ条約締結。竹島の領有権は日本に帰属。

ということのようだ。

で、ギルバート氏の記した日本漁民銃撃事件は、李承晩ラインの韓国側で起きた。場所は、済州島付近のようだ。韓国による竹島占拠とは直接の関係はない。わが国の漁民が殺されたことは遺憾なことだが、問題は、憲法第九条ではない。いわば、占領軍の政策上の誤り・・・竹島を韓国の領土と解釈できるマッカーサーラインを一旦引いたこと・・・に由来する問題だ。それを、短絡的に、憲法第九条の問題に絡めるのは、誤りである。

米国が占領していた当時のマッカーサーラインと、サンフランシスコ条約で定められた国境との相違が、現在の竹島問題の直接の原因なのではないだろうか。これは、米国が仲介すべき問題だ。

日本に正規軍を持たせて、米国の世界戦略の一端を担わせようという動きが盛んにある。そのための集団的自衛権行使であり、憲法第九条改定ということだ。それで良いのだろうか、一旦米軍の世界戦略に組み込まれると、何千人という単位での死者を出すこと、本国もテロの脅威にさらされるようになること、そして最も大切なことは、戦後営々として築いてきた平和国家という名誉をかなぐり捨てることになる。我々に、そうするかどうかの選択が問われている。



SNS、ネット 

Alan KF3B が、フェースブックから退会するとメールで言って寄こした。そうしたSNSのアプリケーションが、彼が望ましいと思うものではないと判断した、とあった。Googleなどが、個人データを集め、それをビッグデータとして、またはもしかしたら、個人データそのものとして、我々の知らないところで利用していることを指しているのだろうか。この点については、すこし不気味なものを感じるが、あのようなネット空間を利用させてもらっている以上仕方のないことなのかと思わないでもない。だが、Alanが考えたであろうことは理解できる。

もう一方、ファースブックで言えば(そして恐らくその他のSNSでも)、主に画像を用いて、自分の感想やら思いを短い文章で発信することが、大多数の利用の仕方だろう。それに対する感想も寄せられるが、あまり突っ込んだやり取りにはならない。勿論、気の合った仲間と、気軽に日常のやり取りを楽しむためのメディアなのだろうが、ちょっと物足りないといえば物足りない。

もっと大きく考えて、ネットでの交流、意思疎通の可能性全体にも、一頃の熱気のようなものが感じられなくなってきた。私の感じ方の問題なのか、それともネットが変化しているのかは分からない。8年前だったか、福島県立大野病院事件が起きたときに、医療界は熱気に包まれ、ネットでの交流・運動が盛んに行われていた。私を含めて、それまで自らの意見を世には発信する術がなかった医師が、ブログ等ネットを通じて発信し始めた。その後、問題はより深く広範になったし、日本という国の形が問われる出来事が目白押しに起きているのに、だんだんネットでの見解表明や議論が行われなくなってきたように感じている。

ネットの表面的な匿名性による限界なのか、それとも、目新しいことを論じるには激しているが、一つのことを深く掘り下げるこのがどちらかというと不得手な特性によるものなのか。ネットが、多くの方と同時に、そしてリアルタイムでやり取りができるメリットは、いささかも変わらない。また規制メディアに載らないような問題も議論することができる。私なぞ、思いついたことをダラダラと書き連ねているだけだが、ネットの限界と利点を意識しつつ、まだこれからも発信してゆこう。SNSは、ほどほどに・・・かな。

通行人さん 

自分の考えに一致するvideo clipをペタッと貼って、それを見ろと言うのは、コメントではなく、それこそプロパガンダだ。

私の発言に対して、どの部分がどうして違うと思うのかを、根拠を示して明確に述べるのが、コメンテーターの義務ではないか。

ご自身の考えの開陳は、自分でブログを開いてやりたまえ。人のふんどしで相撲を取らないように。

ネットで何がしかの言論活動をするならば、その程度のことはわきまえて頂きたい。

ま、この発言は不要だとは思ったが、念のため。

ブログ主への連絡先アドレス 

は、以下の通りです。

nuttycellist2006アット(アットマークに変換)yahoo.co.jp

以前アップしたアドレスは誤りでした。失礼いたしました。昼食会関連でメールを下さった方で、まだ私と連絡が取れていない方がいらっしゃいましたら、上記アドレスまでご連絡ください。

CW Freaks入会手続きについて 

同会への本日までの入会希望の方は、すべて手続きをしておりますが、希望されたのに手続きされていないという方がいらっしゃったらお知らせください。

また、どなたでも入会できますが、入会なさったら、少なくとも自己紹介はお願いいたします。

この会の説明、入会方法については、こちらをご覧ください。

現在メンバーが20数名になりました。50名前後で一旦入会を打ち止めにすることも考えています。

小さな所帯で気心の知れた者同士が、言いたい放題を言うというのが良いのではないかと思っています。全くの初対面の方でも、皆と仲良く、喧々諤々議論をしたいという方は歓迎します。

以上、よろしくお願いいたします。

管理人

Skype初体験 

数日前、Bob W6CYXがメールでSkypeをやらないかと勧めてきた。いろいろと他にやることはあるし、その内にね、と答えたら、Bobは、お前がその内にということは「やらない」ことを婉曲に言っているに等しいと詰ってきた 苦笑。確かに、どこかの国の官僚答弁で「検討します」と同じかもしれない・・・さすが、Bobは鋭い。

で、今日、日中、ちょっと時間があったので、Skypeのアプリをダウンロードし、アカウントを作り・・・BobのSkypeでの名前をちょんとクリックしてみた・・・ら、あらぁ、シャックに座る彼が笑顔満面で現れるではないか。こちらは、庭仕事を終えたばかりで、ランニングシャツしか着ていない。少し耳が遠くなった彼と、英語の発音が今一の私の、のんびりとした会話がその後30分ほど続いた。猫を見せろというので、嫌がる猫をdisplayの前に・・・それに、乞われたわけでもないのに、ケースから外に出してあったチェロで、「夢のあとに」やバッハの無伴奏の一節を弾いた。思ったよりもうまいじゃないかと、変な褒められ方をした。「主よ人の望みと喜びよ」を是非弾いてくれと言う。曲は知っているけれど、譜面がないと弾けないと答えた。この曲は、彼がスタンフォード大学を卒業する時に、音楽の教授がオルガンで演奏し、その後即興で変奏を延々と続けた思い出の曲らしい・・・。

彼は、今がインターネットの黄金時代ではないかと言っていた。確かに、Skypeの映像も音声も殆ど遅れはなく、質もかなり良い。まだ開けていた21メガで私の打つ信号を受信して聞かせてくれたが、そこには確かにlatencyがあった。これは電波伝搬に伴うものがあるからだろう。Bobが言うには、政治家達は、このSkypeといったインターネット通信手段に対して課税をしたいと考えているのではないかと心配していた。今無償でこうした技術の恩恵を受けられるから、黄金時代なのだ、というのだ。検閲の問題もあるだろう。個人情報の漏えいもあるかもしれない。インターネットに乗った場合は、情報がどのように扱われるかは、自分の手の中から飛び出してしまい、追いきれなくなる。ま、メールもブログも同じことだが・・・。Skypeのように、秘匿性があたかも高いかのような通信手段では尚更それを意識しておくことが必要なのかもしれない。

インターネットに政治・行政がどれだけ関心を持っているかということについて、ブラジルでグーグル(だったかしら)の社長が訴追を受けかかっている、とのことだった。Youtubeの内容に制限をかけないことを良く思われていならしい。いろいろな形で、政治・行政がインターネットに介入してくるのではないか、というのが、Bobの観方のようだった。

何かしら、Skypeを通したメッセージが彼から頻繁に届きそうな気配・・・Skypeは便利だし、新鮮だが、何かすぐに飽きがきそう。アルコールでもテーブルに並べて、太平洋をまたいだ居酒屋談義になりそう・・・。アルコールが呑めるのは、どちらか一方だけだが。昔ながらの電信でやり取りしようじゃないか、と言うことにするか・・・。

70万アクセス 

今朝、このブログをチェックしたら、70万回のアクセス数に2つ足りないところでカウンターが止まっていた。70万回目を自分で踏まなくて良かったと少し安心。その後、30分程度して戻ってくると、70万回+7回にまで進んでいた。

アクセスもユニークアクセスだけではなく、重複して数えているし、70万回という数字自体にそれほど意味があるものでもないとも思うが、6年間によくぞこれだけの方がアクセスしてくださったことと感謝の気持ちでこころが満たされる。

当初、医療訴訟問題についてどうしても発言したいと思って立ち上げ、その後自分語りや、仕事のこと、そして音楽や無線のこと、はてまた料理のこと、昨年からは原発問題等を思いつくままに記し続けてきた。記憶力等がだいぶ落ち、さらにほかの老化現象も生じはじめ、ブログ主が何時まで主でいられるかは分からないが、まだブログのリタイアをすることなく、続けてゆく積りだ。医療の現場から足を洗い始めているとはいえ、大きな問題であるので、今後ともこの領域の問題について議論してゆきたい。さらに、頭の老化を少しでも遅らせるために、いろいろと読書し、それについても記してみたいと思っている。原発問題は、戦後生まれの我々に強烈なパラダイムの変化を要請しているように思える。原発は、利用不可能な技術であることを前提に、今後とも記して行きたい。

今後とも、ご支援、ご叱正をお願いしたい。

Nifty Serveの思い出 

今から12、13年前のこと、ようやくパソコンを自宅に導入し、まずはパソコン通信に参加をしてみようと考えた。今から考えると、当時のWindows95機は、かなりいい加減で、アクセスがなかなかできない。できたとしても、すぐにフリーズする、といった体たらくだった。Win98になると、大分安定し、パソコン通信にも確実にアクセスできるようになった。

パソコン通信の大手は、Nifty Serveで、パソコンを購入すると、すでにニフティ用のソフトが入れられていた。パソコン通信を始めて、まず覗いたのが、FCLAというクラシックのフォーラム。それに、アマチュア無線のFHAM(だったか)というフォーラムだった。FCLAは、参加者のレベルが高く、なかなかついて行けなかったが、それでもオフ会等にも顔をだした。横浜の青葉台でオフ会があり、厚顔破廉恥にも、フォーレのエレジーを抱えて、乗り込んでいった記憶がある。まだチェロにカムバックして間もないころで、大分酷い演奏をしたようなおぼろげな記憶・・・。同オフ会の面々は玄人跣の方々ばかりで、難曲の室内楽をいとも簡単に、そして表情豊かに演奏されるので圧倒された。その後、大学時代の友人・後輩に声をかけ、さらに娘のバイオリン教室での姉弟子にあたる方にお願いし、いろいろな室内楽を演奏した。信州のUさんにもはるばる上京してお相手いただいたのもこのころだった。チェロのリハビリをもう少し前から始め、きちんと練習していればと思うこともあったが、充実した日々を送らせて頂いたものだ。FCLAの灯が消えたのは残念なことだった。

FHAMでは、当時、CQ誌等にCWの入門記事を書いておられた方が、常連の発言者としていらっしゃった。彼が、筆記受信を続けていれば、その内、CWが上手になるという自説を、雑誌上と同じくフォーラム上でも繰り返しておられたので、それにパクリとかみついた(笑。変なのが突然現れて、自分と全く異なる意見を述べ始めるので、びっくりされたことだろう。最初は、私が変り者と観られていたが、徐々に暗記受信の信奉者が増えて行ったように記憶している。テキストベースで議論してもかみ合わないことが多かったのだったが・・・。筆記受信派は、結局、プロとして一字一句を正確に受信するように教育を受けてきたのに対して、アマチュア無線ではコミュニケーションが主要な目的になるので暗記受信が勧められるというのが我々暗記受信派の考えであった。その根本的な違いを、いくら議論しても乗り越えることは難しかったようが気がする。電信党なる私設政党もあり、党首のKさん等ともいろいろ議論したりしたものだった。当時は、私もテキストベースの議論に慣れていなくて、ついカッカして、感情的な対応をしてしまったような気がする。でも、議論したことで、自分の考えを整理できたと思うし、暗記受信という発想自体が日本のアマチュア無線界にはそれまでなかったのではないかと、手前味噌になるが、今でも思っている。

やがて、パソコン通信は、インターネットに押されて、利用されることも少なくなり、10年前後前に姿を消したのだった。私も、そのちょっと前からインターネットに居場所を変えてしまった。パソコン通信は、通信速度も遅く(これは回線の遅さもあったが)、まるっきりのテキストベースのやり取りなので、いわばセピア色の映画みたいなものだが、確実に人生の一時期と同期した世界だった。

Nifty Serve開始後25周年を記念して、同サービス(と同じもの)が、ネット上で1年間だけ利用できるようだ。こちら。発言はTwitterを介してでないとできないので、私は発言する積りはないが、同サービス経験者の方は、一度覗いてみるのも良いかもしれない。

コメント 

英語ブログに、論文の抄録と、それへの私のコメントを載せた。こちら

すると、それへのブログ上のコメントは、皆無なのに、メールで感想等を送って下さる方が数名。米国の知り合い、知り合いではないが同じCWopsのメンバー等々。

あのブログ、ブログの雰囲気がコメントしにくいのか?以前にかなり刺激的なコメントをされた方がいたので、コメントを書き込みづらくなってしまったのか。はたまた、あちらでは、コメントは私信で送ることが普通なのか・・・。

コメントは、結構書くためのエネルギーを与えてくれるのだが。