米国と北朝鮮の間の危機 

米国政権は、クリントン、ブッシュ政権下で三度北朝鮮への武力行使を考えたことがあった。1994年のクリントン政権下でのシミュレーションは、辺真一氏のブログから引用すると・・・

全面戦争という最悪のシナリオに備えクリントン大統領は1994年5月19日、シュリガシュビリ統合参謀本部議長らから戦争シミュレーションのブリーフィングを受けた。シミュレーションの結果は「戦争が勃発すれば、開戦90日間で▲5万2千人の米軍が被害を受ける▲韓国軍は49万人の死者を出す▲戦争費用は610億ドルを超える。最終的に戦費は1千億ドルを越す」という衝撃的なものだった。

いずれも、あまりに大きな代償となるために見送られた。現在は、この被害予測はさらに拡大することだろう。

現在、北朝鮮は核弾頭とICBMの開発を終えつつあり、米国にとって北朝鮮の脅威はさらに大きくなった。そして、支持率の伸び悩むトランプは、一か八かの賭けに出る可能性がある。

上記の損害予測に加えて、わが国の米軍基地と原発が攻撃対象になる。韓国の経済・国家体制はほぼ崩壊することだろう。わが国も、大都市・原発地域に壊滅的な損害の出る恐れがある。北朝鮮のミサイル施設を一瞬にしてすべて破壊することはできない。また、ミサイル防衛網も日本全土をカバーしていないし、一斉に攻撃を受ける飽和攻撃への迎撃に対しては機能しない。

日本政府が、米国政府に対して、北朝鮮攻撃の際には事前協議をするように申し入れたらしいが、直前の事前通告しかないのではないだろうか。これほど深刻な全面戦争に至るはずの攻撃に際して、米国は、同盟国の日本だろうが、手の内を明かすことはしないだろう。トランプ大統領という、予測不可能な政治家が相手であることも、この危機がいつ現実のものとなるかを予測するのを難しくしている。この軍事的な危機に際して、わが国にできることは今のところ何もない。近い将来、核武装したところで、それがこうした戦争を抑止することにはならない。

安倍首相は、国民の安全を保障すると言っているが、それには何の根拠もない。日米安保条約は、結局、米国の安全保障にとって必要とあれば、同盟国日本をも切り捨てる軍事条約であったことが明らかになった。米国の軍事基地をこれほどわが国に抱えることが、むしろリスクファクターである、ということだ。自衛隊の規模はすでに世界有数だ。専守防衛であれば、機能する規模だ。米国の核・軍事力の傘がむしろリスクをもたらすことをこれを機会に学ぶ必要があるのではないだろうか。

シリア空爆を断固支持する安倍政権の愚かさ 

米軍のシリア攻撃は、アサド政権がサリンを用いたと断定して行ったものだ。その可能性は高いのかもしれないが、米国は、その明確な根拠を提示していない。さらに、国連安保理に諮ることなく、独断での軍事行動だ。国際法に違反する可能性がある。背景にあるのは、トランプ政権の浮揚策としての意味合いだろう。実際、以前のポストに記した通り、米国では国民の多く、マスコミ、それに民主党までもが、この軍事行動を支持した。アフガン、イランで米軍の関与がどのような後遺症をもたらしたか、まだ学習していない・・・というか、軍事行動が国民の支持を得るための強力な手段であるという甘い誘惑に、米国の指導者は勝てないように見える。NSCメンバーから外れたようだが、スティーブ バノンのような対イスラム強硬派が、トランプ政権内部で確実に力を持っていること、ティラーソン国務長官のようにオイルメージャーと深い関係を持つ閣僚がいることも、この攻撃に関係しているかもしれない。米国がシリアに軍事介入の度合いを強めた後で、どのようにして収拾する積りなのか、具体策は米国にはない。米国の安全保障の脅威だとして、このシリア空爆を行ったという表面上の説明に唖然とさせられる。

それを一番乗りを競うがごとく、このミサイル空爆を支持したのが、安倍首相だ。シリア空爆に対する後方支援を行うことを否定しない=肯定しているのが、無能な稲田防衛相だ。空爆でシリアの問題はさらに深刻になること、シリアへの軍事行動に加担することがわが国にとって不利益をもたらすことを、ともに全く分かっていない。愚かなことだ。

集団的自衛権行使として、シリアに自衛隊を赴かせる積りなのだろうか。要するに、自衛権などとは程遠いことで、米国政府の言いなりなだけだ。

以下、引用~~~

米シリア攻撃で稲田防衛相、“後方支援”否定せず

2017年04月10日 19時16分 TBS
 アメリカ軍がシリアに行ったミサイル攻撃に関連して、稲田防衛大臣は、将来的に日本でおととし成立した、安保法制に基づいて、後方支援を行う可能性を明確に否定しませんでした。
 「今後の米国の対応について予断をすることや、米国からアサド政権の打倒に対する協力を求められた場合といった仮定の質問にお答えすることは差し控えたいと思います」(稲田朋美 防衛相)

 一方で、過激派組織「イスラム国」に対する軍事作戦の後方支援については、これまで通り、「考えていない」と否定しました。(10日17:04)

米軍のシリアへの増派が進行中 

ISISの支配するラッカの奪還に向けて、トランプ大統領はシリアへの米軍派兵を進めている。国会での議論も十分されぬままに静かに進行している、という。確か、トランプ大統領は、選挙期間中に政権奪取後2か月でISISをせん滅すると公言していた。それを遅まきながら実現しようとしているのだろうか。いや、36%にまで下がった支持率を回復するためには、戦争を起こす以外にないと読んでいるのかもしれない。大幅な軍事予算の増額も行うつもりのようで、米国は戦争拡大への道を進んでいる。

問題は、軍事的作戦が、外交戦略、奪還後の和平維持の戦略よりも先行してしまっていること。ハフィントンポストのこちらのペーパーでは、その点で、アフガン、イラクでの過ちを繰り返そうとしている、と述べられている。「事後に」治安を維持し、平和を実現する方策がない。力で敵をせん滅する、という勇ましい、短絡的な言葉だけが躍る。

先日、自民党が提言したという、敵基地先制攻撃のシナリオも同じだ。先制攻撃をした場合、相手国(北朝鮮)がどのように反応するか、また北朝鮮の体制を維持することが国益となる中国はどうか。その視点、見通しがない。きわめて危険な冒険主義だ。先制攻撃は、憲法に違反するという原則だけでなく、実際の国際政治の場でどのような問題を起こすかの検討がない。あるのは、米軍基地を守ることで、米国へさらに追従の姿勢を強め、米国の軍事産業から武器をさらに輸入するための口実だ。

中東、とくにシリアで、米軍が増派され、内戦が泥沼化すると、わが国の自衛隊に、国連軍としての参加が要請される、またはそれができなければ「戦闘を衝突と言い換えて」PKOの派遣が行われるのかもしれない。自衛隊員の棺を載せた航空機がわが国に飛来し、空港では体の一部を失った自衛隊隊員が多数帰国する、という状況に、わが国国民が耐えうるのかどうか、ということだ。

これは単に空想ではなく、近い将来実現してしまうかもしれぬ予測だ。

アフリカの角への自衛隊派遣は、やはり米国の世界戦略の一環 

南スーダンのPKO派遣の意味、そのリスクを元自衛官が解説している。

南スーダン・ジブチへの自衛隊派遣は、米国の石油資源利権確保のためだろう、とのこと。

南スーダンでは、過酷な内戦状態にあり、自衛隊が巻き込まれるリスクが高く、「駆けつけ警護」等実際上ありえない。装備・規模の点から、自衛隊員に犠牲者が出る可能性が高い。

これらのことは、集団的自衛権行使は、米国の世界戦略に、自衛隊、さらには国民を巻き込むためであることを示している。その説明を国民に行う前に、安倍首相は米国国会で行い、拍手喝さいを受けたのは、理由のないことではなかった。集団的自衛権について安倍首相が国民に対して行った説明、「有事の際の海外邦人を救出する米軍への援助」と、現実はかけ離れている。こうした詭弁、欺瞞は、彼の外交・内政政策の特徴だ。

以下、引用~~~

3月6日付アジアプレスネットワーク 知られざる「駆けつけ警護」の真の目的と過大なリスク~元自衛官・泥憲和さん講演(上)

南スーダンに派遣された自衛隊の新たな任務について考える「新聞うずみ火」主催の市民講座「南スーダン駆けつけ警護・武力行使の無力性と憲法の有効性」が2 月4 日、大阪市立東淀川区民会館で開講。元自衛官の泥憲和さんが、駆けつけ警護の実態と危険性について警鐘を鳴らした。(矢野宏/新聞うずみ火)

◆真の目的はアメリカの油田の警護

南スーダンPKOで陸上自衛隊がジュバに派遣されましたが、海上自衛隊と航空自衛隊もジブチに派遣されているのです。どうして、陸海空の3自衛隊が「アフリカの角」という狭い地域にいるのか。

話は2001年にさかのぼります。この年、アメリカで同時多発テロが起きました。ブッシュ政権は「アルカイダを引き渡せ」とアフガニスタンに迫りましたが、応じないので軍隊を投入した。「不朽の自由作戦」と呼ばれていますが、アフガニスタンを含む世界5カ所での同時作戦でした。

その一つはグルジア(現ジョージア)。カスピ海の原油を黒海へ送っていましたが、ロシアを迂回するパイプラインを通すため、戦略拠点であるグルジアに米軍を送ったのです。残りの3か所とは、フィリピンのミンダナオ島、中央アフリカのトランスサハラ、そしてアフリカの角です。すべて原油がらみです。アフガニスタンはただの口実ですから、国内をぐちゃぐちゃにしたまま、1年ほどで兵力の半分を撤退させ、イラク戦争を始めた。アフガニスタンは石油が出ませんから。

2005年のNHK「BS世界のドキュメンタリー」でこう解説されています。

「ブッシュ政権は産油国に侵攻し、油田地帯や石油関連施設に軍隊を配備する以外の戦略を持ち合わせていません。いまやアメリカ軍の目標はただ一つ、アメリカに対し友好的な産油国に軍隊を駐留させることなのです」

南スーダンの隣国エチオピアにはオガデン油田があり、ジブチまでパイプラインが通っています。南スーダンのヘグリグ油田の原油はスーダンを経由してポートスーダンから輸出されていますが、アメリカはスーダンをテロ支援国家に指定して南スーダンを分離させ、アメリカの影響力を及ぶようにして現在、パイプラインを建設中です。つまり、原油の運び出し拠点のジブチに海上自衛隊と航空自衛隊、南スーダンの産油地帯に陸上自衛隊が派遣され、アメリカの油田を守る下請けをさせられているわけです。

民政復興支援というのはただの口実です。何かあれば油田を守れるような自衛隊にしなくてはいけないから、戦える自衛隊にしなくてはいけないわけです。「駆けつけ警護」という新たな任務が加わりましたが、これも口実でしかないです。( 下 >> )

 3月6日付アジアプレスネットワーク 知られざる「駆けつけ警護」の真の目的と過大なリスク~元自衛官・泥憲和さん(下)

2月4日に大阪で行われた市民講座「南スーダン駆けつけ警護・武力行使の無力性と憲法の有効性」における、元自衛官の泥憲和さんの解説要綱をお送りする2回目。(矢野宏/新聞うずみ火)

◆南スーダン政府軍さえ敵になるかもしれない

南スーダン現地ではどのような受け止められ方をされているのでしょうか。現地ラジオ局のツイッターに、南スーダンの紀谷昌彦駐日大使の発言が紹介されています。紀谷大使は、「日本の制限された平和維持部隊は工兵であり、実力行使をしない」と言っているのです。駆けつけ警護の任務を与えられたのに実力行使しない、と言っている。

昨年11月の地元の新聞にも紀谷大使の発言が掲載されていました。「交代する350人の部隊は実力を行使する権限を欠いていると語った」と。日本政府に権限を与えられて派遣されたのに、日本の大使は「権限はない」と言っているのです。

どうして、紀谷大使はこんな嘘をつかなくてはいけないのか。今までは武力行使しないから自衛隊員は命を守ることができた。でも、これから戦うと言ったとたんに、南スーダン政府軍も敵になる。自分たちも狙われるわけですから、駆けつけ警護できるようになりましたと言えないわけです。現地と日本政府の情勢認識はまったくかけ離れている。

日本政府が与えた駆けつけ警護とはどんな任務か。昨年7月に政府軍と反政府軍との大規模な戦闘が起きた時のAPニュースを見ると、「暴走南スーダン兵士 外国人をレイプ 地元民を殺害」という見出しとともに、本文にこう書かれています。「1マイルも離れていないところに駐留する国連PKO部隊(中国、エチオピア、ネパールの部隊)は、命がけの救助要請を拒否した。米大使館を含む大使館なども同様だった」。

アメリカは南スーダンPKOに軍隊を出していませんが、大使館警備の部隊はいます。その部隊に救助を要請したのに出動を拒否したのです。駆けつけ警護なんて武力が違い過ぎて何もできないわけです。本格的な政府軍と出張軍みたいな軍隊が戦ったとしても太刀打ちできるはずがない。

自衛隊も事情は同じです。できるはずがないのに、もっと武装強化して駆けつけ警護をしたらどうなるのか。その実例があります。1993年のソマリアの首都で起きた「モガディシュの戦闘」です。アメリカ軍が特殊部隊を結成して、ソマリア民兵の将軍を捉えようとしたが、失敗しました。「米軍特殊部隊がソマリア民兵に包囲されて孤立。救出に向かった駆けつけ警護部隊が包囲され、さらに大きな被害を出した」と報じられています。

米軍は作戦を30分程度で終わらせる自信があったのですが、実際には15時間を費やし、2機のヘリコプターを失い、銃撃戦で米兵ら19人が殺害され、73人が負傷した。強力な部隊が包囲しており、苛烈な戦闘が繰り広げられた。駆けつけ警護と一口で言いますが、そんなに簡単なものではありません。

作戦失敗の翌年、米軍はソマリアから撤退しました。PKOは失敗に終わったのです。駆けつけ警護をやったがために失敗したPKOがソマリアPKOです。

派遣された自衛隊員はどんな用意をしているのか。現地の自衛隊員が持っている海外派遣用・個人携行救急キットが包帯、止血帯、ガーゼ、人工呼吸シート、チェストシール、はさみ、手袋の7品目。充実させた救急キットにするには、さらに13億円かかるから出せないと拒否されています。にもかかわらず、PKO派遣戦死者手当は6000万円から9000万円にしてあげるというのだから、信じられません。(以前アップした通り、南スーダン現地では、救命に必要な外科手術はできない;ブログ主)

織田邦男・元空将はこう言っています。
「もし駆け付け警護の事態が生じたならば、しっかり情報を収集し万全の態勢で臨んでもらいたい。そして自衛隊の能力を超えると判断したならば、ちゅうちょなく『NO』と言うべきだろう。当然、現場を知らぬ輩から『腰抜け』『見殺しにした』など、ありとあらゆる罵声が浴びせ掛けられるだろう。だが、これを甘受するのは自衛隊の宿命だ」
現場を知らぬ輩とはだれか、お分かりだと思います。

アメリカですら南スーダンへ行く人に対して「政府がヘリコプター、軍、武装護衛艦を出して救援するとの期待は、現実というよりもハリウッドのシナリオだ」と警告しています。それなのに、駆けつけ警護という任務を与えて放り出したのが安倍政権です。

南スーダンへのPKO派遣は、同地の人々のためではない、自衛隊員を危険にさらすだけ 

南スーダンで絶望的に必要とされている援助を南スーダン政府が妨害していると国連が訴えていることを、アルジャジーラが報じている。こちら。

わが国の政府は、南スーダン政府の意向に背かぬようにしている。それは、南スーダンへのPKO派遣、そして派遣された自衛隊による「駆けつけ警護」という内戦への直接的な関与を行わせるためである。

わが国の政府は、南スーダンの人々の窮状を救おうとはしない。政府の視野にあるのは、どうも米国政府の意向らしい(別なポストで、それについての報告をアップする)。

安倍政権の掲げる積極的平和主義とは、武力紛争に苦しむ人々を助けることではない。積極的平和主義という建前のもと、自衛隊の若い隊員の生命を危険にさらしている。結局、安倍政権の利権を得るために、南スーダンの人々を見捨て、自衛隊員に命がけの任務を強要している。

以下、引用~~~

3月7日付Yahooニュース 自衛隊派遣ありきが南スーダン和平の障害に!日本人NGO職員が語る現場のリアル(志葉玲)

自衛隊がPKO部隊として派遣されている南スーダンについて、厳しい現地情勢を無視した、稲田朋美防衛大臣の「言葉遊び」が繰り返されている。そこで筆者は、この間、南スーダンでの人道支援活動を行っている日本国際ボランティアセンター(JVC)の今井高樹さんに話を聞いた。今井さんの話から浮かび上がってきた現実は、自衛隊を派遣している限り、日本は南スーダンの内戦終結に貢献できないというものだった。

○内戦中の南スーダンに紛争当事者がいない?!

昨年7月の首都ジュバでの大規模な戦闘以来、内戦状態が続く南スーダン。同国への自衛隊派遣は、その根拠となるPKO協力法での5原則に抵触するものではないか、との国会質疑に対し、稲田防衛大臣の答弁には、不誠実さが目立つ。先月20日の衆院予算委員会では、緒方林太郎衆議院議員(民進)の質疑に対し、
「(南スーダンに)紛争当事者はいないんです。(副大統領派の)マシャールさんは紛争当事者になり得ないんです。国外に行っているわけです」
と声を張り上げた。「紛争当事者がいない」ならば、今、南スーダンで続いている内戦は、一体何なのか。緒方衆院議員の質問の趣旨は、南スーダンの大統領派のみに日本政府として対応するのか、それとも同国の紛争におけるすべての関係者に中立的な姿勢をとるのか、というものだったのだが、稲田防衛大臣の答弁は噴飯ものの詭弁だろう。JVCの今井さんは眉を顰める。

「稲田大臣のおっしゃっることは、PKO法上において、『国または国に準じる組織』として、マシャール派を紛争当事者と定義していない、ということなんでしょうけども、現地の状況とはあまりにかけ離れています。南スーダンでは現大統領のサルバ・キールが率いる政府軍と、リヤク・マシャール前副大統領が率いる反体制派武装勢力SPLA-IO、さらにいくつもの武装勢力による戦闘が続く、戦国時代のような状況。マシャール前副大統領自身は、国外に脱出しているものの、マシャール派は南スーダン北東部のいくつかの地域を実効支配しており、政府軍ともこの1月から幾度も激しい戦闘を行っています。南スーダンのエクアトリアと呼ばれる一帯でも、この地域に進攻し、破壊や略奪を行っている南スーダン政府軍に対し、現地部族による武装勢力がいくつも組織されています」
なぜ、稲田大臣は「南スーダンには紛争当事者がいない」ということにしたいのか。それは、PKO協力法で自衛隊を派遣できる条件としての5原則に「1 紛争当事者間で停戦合意が成立していること」と定められているからだろう。つまり、マシャール派ほか、反大統領派の各勢力を「紛争当事者」と認めてしまうと、このPKO5原則に反してしまい、南スーダンへの自衛隊派遣が違法ということになってしまうのだ。

○キール大統領のみを全面的に後押しする安倍政権

稲田大臣、そして安倍政権が自衛隊派遣ありきで「南スーダンには紛争当事者がいない」としていることの弊害は、南スーダンの和平にも悪影響を及ぼしかねない。今井さんが指摘する。

「日本政府の対南スーダン外交の最大の問題点は、キール政権のみを全面的に後押ししていることだと思います。昨年末、キール大統領は、南スーダンの和平のため、『国民対話』を行うと発表しましたが、そこには次のような問題点があります。マシャール派を含めた反大統領派の武装勢力を、対話の対象にしていないこと、開催場所が南スーダン国内であるために、命を狙われるような反大統領派のメンバーには、実質的に対話参加への道が閉ざされていることなどです。本気で和平を目指すのであれば、反大統領派の各勢力を交え、第三国で国民対話を行うよう、日本政府も働きかけるべきでしょう」

国民対話は、昨年末、キール政権による数々の虐殺や人権侵害を懸念し、南スーダンへの武器輸出を制限する国連安保理決議に、安倍政権が賛成しない理由としてあげたものでもある。曰く、「キール政権が国民の和解に向けての方向性を打ち出したタイミングで、安保理が武器禁輸を決議することは、かえって悪いメッセージを送ることになる」とのことだ。それならば、より一層、国民対話がかたちだけのものにならないよう、日本も働きかけるべきだろう。だが、実際には、安倍政権が対南スーダン武器禁輸に賛成しなかった理由は、武器禁輸で南スーダン政府の機嫌を損ね、同国に派遣された自衛隊への悪影響が及ぶことへの懸念であったことが、米国のサマンサ・パワー国連大使(当時)によって暴露されている。つまり、南スーダンでの虐殺の危機への対応より、自衛隊派遣を優先したということだ。

キール政権の下、各国から派遣されたPKO部隊の活動も南スーダン政府軍に妨害されている。「南スーダン政府軍があちこちで、PKO部隊の移動に制限をかけ、『従わないなら攻撃する』と脅したりもしています。PKOの中でも、現地の人々の安全確保を任務とする、地域防護部隊を各地に展開させることも、キール政権は同意したはずですが、実際にはその約束は果たされていません。PKO5原則の2、PKO活動が受入国の同意を得ているとは言い難い状況です」(今井さん)。

○自衛隊派遣ありきが対南スーダン外交・支援の障害

和平どころか、むしろ緊迫している南スーダン情勢。今井さんも「国内外で避難生活を余儀なくされている人々は南スーダンの国民の3分の1にも上ります。飢餓も深刻で、国民の約半数が食料危機にあります」と訴える。南スーダンの内戦を終結させ和平を実現することは急務だが、自衛隊派遣ありきの安倍政権のスタンスが、日本のできることを制限していると言えるだろう。つまり、自衛隊の派遣を正当化し、そして現地での活動に悪影響が及ぶことを恐れるがゆえにキール政権のご機嫌を損ねないようにしてばかりいる。「南スーダンに紛争当事者はいない」とし、国民対話がかたちだけであることや、PKOの地域防護部隊が展開できていないなどの現実を直視していない。南スーダンへの武器輸出規制にも賛成できない。自衛隊が駆けつけ警護などをして、現地武装勢力と戦闘になれば、日本人自体が敵視され、NGOなどの活動も危険なものとなる。それならば、いっそ自衛隊を撤退させた方が良いだろう。その上で、

キール政権に反大統領派の各勢力も国民対話に参加させるよう働きかける
南スーダン国内外の避難民支援
南スーダンへの食料支援

など、日本ができる貢献をしていくことが望ましいのだ。
(了)

南スーダン内戦「壊滅的規模」に 

発展途上国の戦闘を抑えるために、武器供給を外から行わないことが即効性のある対策だ。

昨年秋、内戦状態にある南スーダンへの武器禁輸をするための国連決議が上程された。米国等が提案した決議だ。だが、わが国は、その決議を「棄権」した。実質、反対の意思表示である。南スーダン政府へ遠慮したためだ、という。

これは何度もこのブログで取り上げてきたことだが、安倍政権は、南スーダンへ平和をもたらすことは二の次のようだ。安倍政権は、同地へのPKO派遣を続けることだけが目的らしい。現地の人々の生命が失われ、さらに派遣された自衛隊員の生命が危機にさらされていることには、我関せずである。下記のニュースに示す通り、国連が、南スーダン内戦が壊滅的な状況になることを警告している。安倍政権が顔色を窺っている政府軍が、とくに悪辣な軍事行動を取っているらしい。

PKO派遣の実績作りだけでなく、むしろ自衛隊員に犠牲者が出ることを、安倍政権はひそかに望んでいるのではないか、と思える。犠牲者を靖国に祀ることで、日本を戦争する国家へ引きずり込むつもりがあるのかもしれない。犠牲者が出ればそれが既成事実化し、靖国へ犠牲者の「英霊」を祀ることにより、国民を靖国を中心にまとめることができる、と読んでいるのかもしれない。

これまで矢継ぎ早に制定・確認された安保法制、集団的自衛権行使容認、秘密保護法等と、現在進行中の、共謀罪法案制定すべてが、わが国を戦争と国家主義への道に進めているように思えて仕方がない。

以下、引用~~~

2月16日付AFP 南スーダン内戦「壊滅的規模」に、収拾つかない恐れを国連が警告

【2月16日 AFP】南スーダンの内戦が「民間人にとって壊滅的な規模」に達しており、さまざまな民兵集団の台頭によって事態の収拾がつかなくなる恐れがあると警告する機密報告書を、国連(UN)が安全保障理事会に提出していたことが分かった。戦闘が何年も続くことになると警鐘を鳴らしている。

 その上で報告書は、「スーダン人民解放軍(SPLA、政府軍)や反体制派の緩い指揮命令下で次々と民兵集団が台頭し、組織の分裂や支配地域の移動が広がっている。こうした傾向が続けば「いかなる政府の統制も及ばない状態がこの先何年も続く恐れがある」と警告している。(c)AFP/Carole LANDRY

 アントニオ・グテレス(Antonio Guterres)国連事務総長は、AFPが14日に入手した報告書の中で「記録的な人数」の民間人が自宅のある村や町から逃げていると指摘。集団的な残虐行為の危険が「現実に存在する」と述べている。
 厳しい内容の報告書に先立ち、グテレス事務総長は先月、3年に及ぶ内戦の終結を目指して南スーダンのサルバ・キール(Salva Kiir)大統領や地方の指導者らと会談していた。

「(南スーダン)国内では各地で治安状況が悪化の一途をたどっている。長引く紛争と暴力行為がもたらす影響の大きさは、民間人にとって壊滅的な規模に達している」と、グテレス事務総長は述べている。

 報告書によれば、内戦に関与する全ての当事者が高圧的な軍事行動を展開しているが、特にキール大統領に忠誠を誓う政府軍は「毎日のように家屋や人々の暮らしを破壊している」という。

PKO派遣の本当の意図は一体何なのか? 

以前にも記したが・・・、Dick K4XUがユーゴ紛争の時代、クロアチアに国連に関連した業務で派遣されていたことがあった。紛争地域がなぜ武力抗争から脱せないのか尋ねたら、国連のPKO自身がそれを望まないからだと、彼は返答した。びっくりした。PKOの多くは、発展途上国出身の兵士であり、国連の仕事は「実入りの多い」仕事なのだ、と彼は言う。従って、武力抗争をむしろ長引かせようとするのだ、と。

Dickの観察は、すべての状況に当てはまるものではないかもしれないが、国連PKOが、その出身国の都合に左右されるのは大いにあることだろう。

わが国は、南スーダンへの武器輸出を禁じる国連決議を「棄権した」。南スーダンでの武力紛争に用いられる武器は、すべて輸入されたものだ。それの南スーダンへの流入を食い止めることは、武力紛争を改善するために必須のことであるはずだ。だが、わが国政府は、それを良しとしなかった。南スーダンの下記のような状況がどうなろうとも、そして現地に派遣された自衛隊の隊員の命がどうなろうとも、わが国政府は、PKO参加だけを優先しようとしている。Dickの観察した発展途上国PKOの手前勝手な行動と、根っこが同じ行動だ。わが国政府の意図するPKO参加の目的は何なのか?

以下、引用~~~

 2月8日付朝日新聞デジタル 「目の前で両親が…」 南スーダン難民の孤児問題深刻化

内戦状態が続く南スーダンから大量の難民が押し寄せている隣国のウガンダ北部で、戦闘で両親を失った紛争孤児の問題が深刻化している。子どもたちは心に深い傷を負っており、支援機関は早急なケアの必要性を訴えている。

 「私の目の前でお父さんとお母さんが殺された」。ウガンダ北部のパギリニヤ難民居住区で、女子生徒ジョスカ・アミトさん(14)は涙をこぼした。昨年7月、銃を持った男4人が自宅に押し入り、両親を射殺。アミトさんは5~10歳の3人の弟妹を連れてウガンダに逃げてきた。「これから、どうやって生きていけばいいのかわからない」。女子生徒オレオ・ジョイスさん(16)も同月、両親ら家族11人を殺された。「紛争で私の人生がめちゃくちゃになっちゃった」

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウガンダに逃げてきている南スーダン難民約67万人のうち、約6割が18歳未満の子どもたちだ。孤児の数は把握していないが、約2万2千人が身を寄せているパギリニヤ難民居住区では「両親のいない子どもが数千人規模でいる」(UNHCR担当者)。

 武装集団に誘拐されて、強制労働をさせられていた孤児もおり、国際NGOスタッフは「子どもたちは精神的に深く傷ついており、深刻な状態。すぐにサポートが必要だが、数が多すぎてケアが行き届かない」と訴えている。(パギリニヤ=三浦英之)

嘘ではなく、妄想だ 

トランプは、嘘をついているのではない、妄想に取りつかれている、というワシントンポストの論考。こちら

妄想とは、訂正不能な判断の誤り。

アメリカ製品を買え、アメリカの労働者を雇えというスローガンは、1980年代のもの。現在は、米国は、ITと金融ビジネスで好景気なのだ。

以前、正当な選挙で選出された大統領なので、市民運動で彼を大統領の座から引きずり下ろすのはまずい、と書いたが、そうも言っていられないかもしれない。

このような人物が、世界を破滅させるに足る核爆弾の発射スイッチを持っていることは、きわめて危険なことだ。

南スーダン武器禁輸決議に実質反対した日本政府 

昨年11月に、国連は、南スーダンでジェノサイドが起きる可能性があることを警告した。さらに、12月には、このブログでも取り上げた通り、対南スーダン制裁決議案が安保理に提出された。南スーダンへの武器禁輸を含む内容だった。既報の通り、わが国政府は、この決議を棄権した。賛成国が少ないために、この制裁決議は否決された。棄権国は、ロシア・中国・マレーシア・アフリカ諸国それに日本である。

下記は、英国国連大使が、日本の南スーダン対応を批判しているという記事だ。

日本政府は、この決議により、南スーダン政府を「硬化」させ、「治安の悪化」を招く(それによって、自衛隊に危険が及ぶ)と考えての棄権らしい。政府軍が治安悪化の元凶だということか。さらに、南スーダンでジェノサイドが起きるほど危険な状況にあることがわが国に知れわたることを、日本政府が嫌ったという観測もある。

この棄権は、南スーダンに平和をもたらすという目的は無視し、自衛隊のPKO活動を維持完遂することだけを考えた判断だ。本末転倒である。政府は、自衛隊を海外に派遣して、武器使用を含めた活動を行わせることだけを考えている。安倍首相の言う積極的平和主義が、いかに欺瞞に満ちたものであるかを物語っている。

伊藤和子弁護士の、この論考が、この問題について詳しい。

以下、引用~~~

1月13日付産経ニュース 
英国連大使が日本の南スーダン対応批判 「考え改めるべき」

 英国のライクロフト国連大使は12日、米国が国連安全保障理事会に提出した対南スーダン制裁決議案が昨年12月に否決されたことを受け「棄権した8カ国は考えや計画を改めて、出直さなければならない。彼らは何を支持しているのか」と述べ、棄権した日本や中国、ロシア、マレーシアなど8カ国の対応を批判した。国連本部で記者団に語った。

 英米仏は南スーダン内戦が「ジェノサイド(民族大虐殺)」に発展することを懸念し武器禁輸を含む決議案の採択を目指しているが、現地の国連平和維持活動(PKO)に陸上自衛隊を派遣している日本は「逆効果」(別所浩郎国連大使)との立場で意見の隔たりは大きいままだ。

 ライクロフト氏は「決議案に棄権すれば、南スーダンをさらに不安定化させようとする人物の思うつぼになる。棄権した8カ国はそのことを考える必要がある」と語り、翻意を促した。(共同)

誰が何のために和解するのか? 

安倍首相の真珠湾での演説を書き起こされたもの、虚心坦懐に読んでみた。

和解とは、何か紛争、離反があることが前提である。

安倍首相は、何を和解しようと言いたかったのだろうか。

どうも真珠湾攻撃自体、それから始まる太平洋戦争が和解の対象らしいのだが、それらの事象の主体が不明だ。また、そうした歴史がなぜ生じたのかも明らかでない。彼は、第二次世界大戦はわが国が外国を侵略したものではない、という立場に立つ。それの帰結は、東京裁判、サンフランシスコ講和条約の否定だ。その立場は、米国の立場と鋭く対立する。内外の歴史学者・文化人が安倍首相に公開質問状を送り質したように、中国・東南アジアの国々との和解をしないのか。

さらに、現状で日米間に何らかの軋轢があって、それを和解するという意味があるのか。日米安保条約、日米地位協定という枠組みで、わが国は米国に隷属する関係にある。沖縄では人々が辺野古への基地移転を反対しているのに、それを強行しようとしている。新たにできる基地は、200年は持つだろうと言われている。国土の0.6%にすぎぬ沖縄の土地に、日本全国の米軍基地の7割を押し付けておいて、さらに基地を永続化しようとしている。そうした米国への隷属関係をそのままに、何の和解なのか。

こうしたあいまいな形で、誰が何のためにかを示さずに、ただ和解するというのは、誤魔化しではないか。美辞麗句が連なっているが、和解の主体、理由が不明で、その演説に接する者の感情にだけ訴えかけようとする内容であることが分かる。これは、post truthの政治家の常套的な演説手法だ。物事の本質は捨て置いて、ただ感情に訴える。それにまんまと乗せられる大衆がいる。

昨夕のテレビニュースをちらちらと見ていると、この真珠湾訪問、そしてこの演説の「意義」を持ち上げる報道一色だ。なぜこれほどまでに無意味な演説の問題を指摘するマスメディアがないのだろうか。

安倍首相がハワイに出発する直前、マスコミの記者たちと恒例の「忘年会」を開いたらしい。忘年会の費用は、国費で賄われている。