利益率14% 

かるい逆流性食道炎との診断のもと、時々ヒスタミン拮抗薬を購入して内服することがある。良く効く。先日、OTC薬を薬局に買いにでかけて驚いた。公定薬価が一錠20数円の同剤が、一錠150円ほどするのだ。公定薬価が原価割れをしていることはあり得ない。ジェネリックだとその半分程度になるはずだ。OTC薬がいかに暴利だかが良く分かる。胃炎、胃潰瘍のOTC薬で、安価なものといえば、旧来の胃酸中和剤だ。こちらは、リバウンドも起きやすく、効果は長続きしない。お金のない患者は、こちらを使えということだろうか。

最近開催された医療費を検討する諮問会議で、比較する薬剤がない新薬の場合の価格設定の方法が公開された。必要な経費をすべて積み重ね、そこに利益率14%を上乗せするらしい。必要経費も製薬企業の言うがままであるので、実質の利益率は、かなり高くなる。製薬企業の言い分は、開発にコストがかかる、ということらしいが、それは程度の差こそあれ、他の製造業でも同じことだろう。オーファンドラッグなどへの配慮は必要かもしれないが、基本的に製薬企業の利益率は高すぎる。

最初に述べた高額なOTC薬も、利益追求を旨とする製薬企業にしたら、当たり前のことなのだろう。製薬企業には多くの官僚が天下りしており、官僚は製薬企業にとって有利な薬価、税体制を設定している。今後、この傾向はますます強まる。

製薬企業のみならず、関連企業・施設が医療で利益追求をとことん推し進めた制度を有するのが、米国だ。その実情を、NPR.comのこの文章が分かりやすく教えてくれる。

わが国の制度も、強固な官僚制があるものの、基本的には医療福祉を利益追求の場にしようという方向だ。米国の凄まじい医療制度と同じものになるのもそう遠くはない。

「平穏死」 

終末期の医療が、これからますます大切になる。積極的な医療を受けず、自然のままに、苦痛少なく平穏に亡くなることが、終末期医療のあるべき姿になってゆくのだろう。石飛医師は、この記事で終末期医療の在り方を端的に述べているように思える。

ただ、問題は、誰がこうした終末期医療を患者、そのご家族に提案するのか、ということだ。国家が、ただ医療費を削減するために「ガイドライン化」するのはご免こうむりたい。国家なり、医療機関側がどこかで線を引くと、様々な問題が出てくる。死とは、個別的で、人の人生を本当に総括するできごとなのだ。そこに国家、権力が入ると、軋轢や不満が生じる。

私たち一人一人が、どのような終末を望むのかを事前に考えておくことが必要だ。我々は、生きる上で、自由意志による選択をしてきたが、死の在り様も同じ側面がある。苦痛少なく平穏な死を迎えることを、具体的に選択しておくべきなのだろう。これはきわめて個別的で大切な選択なのだ。

以下、引用~~~

下り坂ゆっくり「平穏死」 終章をがんばらない 「私たちの最期は」「ともに考える」医師・石飛幸三さん
17/04/12記事:共同通信社

 50年近い血管外科医としての人生で、私は人体の優秀な「部品交換屋」であり「修理屋」だった。当時には珍しい血管移植術で多くの命を救ってきた。

 「治すのが医者」。そんな自負は2005年、特別養護老人ホーム(特養)の常勤医になって大きく揺らいだ。着任した特養は全くの別世界。人生の最期の坂をゆっくり下っていく人たちの心を支える仕事だと思った。

 外科医時代は「(痛みを抑える医療用の)麻薬は徹底的に使え。ためらうな」と部下に指示していた。特養の入居者はいずれ、みんな死んでいく。そのときは苦しいだろう。今度は自分が麻薬を使わなければならない立場になったと思った。

 でも老いて衰えた人生の最終章っていうのは、自然の麻酔がかかる。食べられなくなったら、眠る。一口でも多く食べさせようとか、「がんばれ」って無理にたたき起こすとか、そんなことはしなくていい。静かに逝けると気付かされた。そうした亡くなり方を「平穏死」と名付けた。特養に来て12年になるが、麻薬は一度も使っていない。

 「胃ろう」も同じ。おなかにチューブを埋め込み栄養を入れる処置で、回復が見込める人に一時的に付けるのは否定しない。だが私の着任前は、眠り続けて静かに逝けるはずの人に胃ろうで無理やり栄養を注入していた。結果的に残された時間をかえって苦しめてしまっていた。

 もちろん、胃ろうを付けるべきか家族はものすごく迷う。迷っていい。目の前に横たわっている肉親にいま何をしてあげるのがいいのか、親子やきょうだいで徹底的に話し合うことだ。どんなに言い争ったって結局人間は死ぬ。だけど、みんなで肉親の最期がどう在るべきか真剣に議論したという事実、誠意を尽くしたという思いは残る。それこそが大切だと思う。

 人が老いて朽ちていくとき、医療がどれだけの意味を持つのかを考えなきゃならない時代がやってきた。いつのまにか医療は人間をモノ扱いし、命が長いほど意味があるとされるようになった。

 でも本来はそうじゃない。一回きりの人生をどう生きるかが大切なんだ。人にはモノにはない「心」があるんだから。

   ×   ×

 いしとび・こうぞう 広島県出身。慶応大卒。東京都済生会中央病院副院長などを経て05年から世田谷区立の特養・芦花ホームの常勤医。81歳。

群馬大学医療事故調への批判 

群馬大学医療事故調に対する強烈な皮肉・批判である。医療事故調査は、「責任追及」「処分」「処罰」「報復」「救済補償」から、「医療安全」にパラダイム・シフトした、はずであったが、群馬大学では旧態依然とした医療事故調査が行われた。

その背景に、医学部幹部の自己保身、それに医療事故の「専門家」と称する利権集団の動きがあるようだ。

同じ医療事故を繰り返さないために、という唯一の医療事故調査の目的を、群馬大学医療事故調は放棄した。同じことが他でも行われていなければ良いのだが・・・。

以下、引用~~~

群馬大学医学部附属病院・医療事故調査委員会報告書の功績

一般社団法人全国医師連盟代表理事
中島恒夫

2017年4月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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はじめに
様々な批評が噴出し続けている群馬大学医学部および群馬大学医学部附属病院だが、2016年7月27日に公表された「群馬大学医学部附属病院・医療事故調査委員会報告書」(www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/H280730jikocho-saishu-a.pdf:2016.7.27)(以下、同報告書)には、実に素晴らしい内容が記されている。その「功績」を賞賛する記事を目にすることが少なく、非常に残念に思う。今回、私があえて触れることで、その功績に日の目があたることを節に願い、筆を執った。

(1)功績1:事故調査委員の選定方法
第6次改正医療法で定められた新しい医療事故調査制度においては、事故調査委員会の中立性が非常に重要であると多くの方々からすでに指摘されている。
すなわち、事故調査委員の選定方法が非常に難しいということである。
しかし、実はそれほど難しくはないことを群馬大学が実践してくれた。同報告書に関わる調査委員に関しても、「群馬大学学長は、第三者のみで構成された中立、公正な再調査が必要と判断し……」と記し、調査委員の中に群馬大学出身者を含めていた(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/27.8.10jikotyoiin.pdf)。これで中立性の問題がクリアできる。実に簡単である。

(2)功績2:医療事故の定義
同報告書は、医療事故の定義について、あえて別刷り(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/jikotyo_teigi.pdf)を用意してくれていた。実に丁寧で、わかりやすい。そこに記されている医療事故の定義は、以下のとおりである。

「本委員会で言う医療事故とは、別紙2のとおりである。」
「標記委員会名にも使用している「医療事故」については、平成27年10月1日から施行された改正医療法に基づく医療事故と定義を異にしています。委員会で使用している「医療事故」は、リスクマネージメントマニュアル作成指針などに示されている広義の「医療事故」として使用していることを付記いたします。」
別紙2:http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/jikotyo_teigi.pdf.

第6次改正医療法によって、医療事故調査制度の目的がパラダイム・シフトした。これまでの「責任追及」「処分」「処罰」「報復」「救済補償」から、「医療安全」にパラダイム・シフトした。この変化は非常に重要で、医療安全に理解の無い者にとって、最初にぶつかる大変難しい問題である。なぜなら、医療安全に理解の無い者にとっての拠り所は、「注意喚起」や「確認励行」といった「精神論」や「根性論」であり、そして、すでに失効している「厚生労働省リスクマネージメントスタンダードマニュアル」だからである。
しかし、この難しい問題を群馬大学はいとも簡単にクリアした。それが、上述のような「定義の先付け」という手法である。自分達に都合の良い医療事故調査手法を実施する旨を先に明示しておくだけで、現行法である第6次改正医療法を完全に無視した事故調査を実施することは可能となる。
このような「定義の先付け」という免罪符を得られることは、担当する事故調査委員にとっては何よりの福音である。自分達に都合の良い定義を「断り書き」するだけで、これまでと同様の「責任追及」「処分」「処罰」「報復」を目的とした事故調査手法を堂々と駆使できるいうお墨付きが得られるからである。「医療安全」の対極である「責任追及」「処分」「処罰」「報復」を目的とした前近代的な事故調査を堂々と実践できる。
自分に染みついたスタイルを変えることは、誰にとっても非常に難しい。新しい医療事故調査制度への造詣を深めなければならないというストレスに苦しむ人々も多いだろう。しかし、そのようなストレスに満ちた苦労をする必要がなくなる画期的な手法を、群馬大学は提示してくれた。まさしく、一筋の光明だろう。

(3)功績3:脱法医療事故調査に処罰無し
「医療安全」にパラダイム・シフトした新しい医療事故調査制度を理解することの難しさは、医療事故調査への造詣が非常に深い方々にとっても同様である。このことも同報告書で示された。ちなみに、同報告書に今回携われた事故調査委員の方々はこちら(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/27.8.10jikotyoiin.pdf)に記されているので、ご確認いただければ
幸いだ。
同報告書に携われた事故調査委員の方々は、これまでにも数多くの医療機関で事故調査委員に就かれている。経験は非常に豊富で、ある意味「プロ」であると一目を置かれる方々だ。忙殺極まる臨床現場の最前線で、片手間で事故調査に携わざるをえない市井の医療従事者とは全く違う。しかし、これらのプロの方々ですら、医療安全を目的とした新しい事故調査制度の経験は無く、「責任
追及」「処分」「処罰」「報復」「救済補償」ばかりをこれまでは主張してこられた。
「医療安全」が目的である新しい医療事故調査制度で最も重要な視点は、「非懲罰性」である。これは、新しい医療事故調査制度の教本でもある「WHOドラフトガイドライン」(WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems)に記されている。WHOドラフトガイドラインには、医療事故調査を行う上での重要な7項目が詳しく記されているが、「非懲罰性」が「いの一番」に記されている。
事故調査委員や病院管理者が、医療事故に立ち会った現場の医療従事者に事故の責任追及の矛先を向け、処罰をすることは、医療安全を推進していくための「御法度 第1条」である。悪意を以て医療事故に関係したわけではない医療従事者から、事故発生時の状況や事故発生前の状況を、事故調査委員は聞き出さなければならない。語ってもらう時に責められたり、処分をちらつかされては、誰も口を開かなくなる。その結果、事故の発生要因を知る機会を逸し、医療安全からはどんどんかけ離れてゆく。すなわち、この「非懲罰性」は、「責任追及」「処分」「処罰」「報復」とは真逆のスタンスである。
「非常罰性」という最も大事な視点が事故調査委員から欠落すると、医療従事者の人権を蹂躙することにもなる。証言を強いることは「強要」であり、「自己負罪拒否特権」の侵害となる。
しかし、事故調査委員の方々には安心していただきたい。「非懲罰性」を考慮せずに同報告書を作成したプロの方々は、責任を何ら問われていない。

(4)功績4:組織管理者の身分は安泰
医療事故がシステム・エラーであることは、もはや常識と言えよう。任意の医療事故に関わった職員のヒューマン・エラーを責めても、別の職員が同様の医療事故に遭遇してしまうことは珍しくない。医療産業組織というシステムに不具合が残存しているからである。
このシステム・エラーを改善できる立場にいる者は、その組織の統括責任者である病院管理者でしかいない。すなわち、医療安全を推進すべき最高責任者は病院管理者でしかない。群馬大学医学部附属病院の場合には病院長であり、学部長であり、学長が組織管理者に該当するだろう。
医療安全を推進すべき病院管理者は、高度に複雑化された医療現場の運用システム、物品、機器を改良することに専心しなければならない。なぜなら、「人」は誰でも、容易には変われない。また、「人」を備品のように取り替えてもいけない。「人」を替えるだけで医療事故を再発できるわけではない。システムやモノを改善することで医療事故の再発を初めて推進できる。それが可能な立場に就いているのは、病院管理者だけである。不幸にも医療事故が起きてしまった場合、あるいは医療事故が「再発」してしまった場合、責任追及されるべき対象となるのは、医療事故を起こしうる脆弱なシステムを改善しない組織の責任者である。
群馬大学は、同報告書内で平塚浩士学長のコメント(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/H280730gakuchocom.pdf)を記されている。

「本学としては、昨年来、附属病院の改善、改革に取組んでおりますが、このたびいただきました報告書の内容を踏まえ、事故の発生要因や対応が遅れた理由を確認するとともに、再発防止に向けたご提言を真摯に受けとめ、更なる改善、改革に早急に取組んで行く所存です」

この非常に強い決意表明を頼もしく感じた方々が何人もいるようだ。就任してから同報告書を受け取るまでの1年4ヶ月間に、平塚学長はいくつもの報告書を手にしてきた。報告書を何通受け取っても一向に改革が実践されなかったにも関わらず、平塚学長の非常に強い決意が同報告書内にも公式発表され、群馬大学学長選考会議の大多数の方は実に頼もしく感じたのだろう。このまとめに
ついては、「国立大学法人群馬大学の次期学長候補者の選考理由と過程について」(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/05/gakuchoukouji.pdf)をお読みいただくだけでも容易に理解できる。
そして、システム・エラーを改善しない責任者を「満場一致」で再任する組織が実際に存在した(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/05/gakuchoukouji.pdf)。そのような英断が可能であることに私は驚いた。
変革しようという気運がその組織の上層部全体に全く無ければ、組織管理者の身分は、実に安泰だ。

(5)まとめ
新しい医療事故調査制度については、トップに就く者の姿勢、事故調査委員の人選、事故調査手法、事故調査報告書の取り扱いなど、様々な問題が今後も続き、混乱し続けるだろう。なぜなら、医療事故調査制度によって恩恵受けられる様々な者が、利益や報酬を得られる様々な者が、我田引水のような制度利用を自己主張し続けるからだ。
新しい医療事故調査制度はの目的はただ1つだけである。「医療安全」だけである。「責任追及」「処分・処罰」「報復」「救済補償」などは目的ではない。そのことを第6次改正医療法で定めたからだ。「責任追及」「処分・処罰」「報復」「救済補償」に関わる者を排除した「正しい制度利用」が今後は浸透することを、患者になりうる一国民として、切に願う。

病床削減・在宅医療介護推進、可能なのか? 

高齢社会は、必然的に医療介護の需要を増す。それに対して、政府・厚労省の行おうとしていることは、病院病床の削減、そして在宅介護への患者の誘導だ。人生の最後を住み慣れた自宅で過ごすために、という美しいキャッチフレーズで進められてきた、在宅医療介護。しかし、その本音は、医療費と介護費を削減することにある。

急性期・慢性期の病床を減らし、回復期の病床だけを増やし、患者の医療介護を在宅に持ち込む。地方では、2、3割の病床削減になる。唯一、大都市圏では、増床だが、大都市圏の高齢化の凄まじい進展を考えると、これでは足りなくなるだろう。大体において、すべての病気が、急性期を過ぎれば改善し、やがて自宅での療養にすることができるというわけではないのは当然のこと。長期の入院が必要な病気は、とくに高齢者に多い。

確かに、他の先進国に比べて、わが国は病床が多かった。だが、退院後の受け皿が、そうした国々のようには整っていない、ないしそうした国々のなかには皆保険ではない国もある。

病床削減、そして在宅医療介護へ、という厚労省の方針はうまくいくだろうか。厚労省は、地域包括ケアによって、在宅医療介護を実現する、という。地方自治体・ボランティア・医療介護施設等が、在宅の患者をサポートする、という。だが、本質は家族による医療介護だ。これだけ高齢化と核家族化が進んだ現状でそれが果たして可能なのか。医療の混合診療、さらに介護の混合サービスが進み、金持ちの高齢者は、生活してゆけるかもしれない。だが、貯えの十分でない高齢者にどのような未来が待っているのか。想像するだけで寒気がしてくる。

恐らく、急性期のほんの数日だけ入院、その後は在宅医療介護、というのが普通になる。手術をしても、2,3日で退院、その後は外来通院で処置を受ける。リハビリも期間を限定される(これはすでに実施済み)。いかに地域包括ケアが行き届いたところで、一日の大部分の時間は、家族が看ることになる。それが一体可能なのか。

病床削減するなら、介護施設のさらなる拡充、介護スタッフへの支援が必要だ。在宅だけで、医療介護を要する高齢者には対処できないのは目に見えている。

医療介護等社会保障予算は、実質的に毎年削減されている。一方、輸出企業への法人税減税、防衛予算の拡大等が行われている。政治は、一体、何をしているのだろうか。

以下、引用~~~

入院病床、1割減らす計画 2025年、全国で計15万床 在宅医療、促す
17/04/02記事:朝日新聞

 2025年の医療の提供体制を示す「地域医療構想」が各都道府県でまとまり、全国で計15万床以上の入院ベッドを減らす計画となった。医療費を減らすため入院患者を在宅医療に移す流れを受けたものだが、全国で1割以上の削減が必要だ。入院に代わる受け皿づくりが急務となる。

 各都道府県がまとめた地域医療構想では、団塊の世代がすべて75歳以上になって高齢化がピークを迎える25年時点で必要となる入院ベッド数を示した。その結果を集計したところ、計約119万床だった。ただ、13年の約135万床に比べ、15万6千床余り少ない。15年に内閣官房が示した削減の目安は16万〜20万床で、ほぼ近い数字になった。

 入院ベッド数が増えるのは、特に高齢者が急増する首都圏と大阪、沖縄の6都府県のみ。残る41道府県は減らす計画で、削減率は8県が3割を超えた。

 人口に占める75歳以上の割合は15年の12・8%が25年には18・1%と急増し、2179万人になると推計されている。政府の単純試算では25年に約152万床の入院ベッドを必要としていたが、入院の必要性が低い患者を在宅医療に移すことなどで、33万床ほど減らせるとする結果になった。

 機能別では、救急対応を担う高度急性期と急性期のベッドは計約53万床(15年比で30・0%減)が必要になる。利用者の多くを占める現役世代が減る影響もあり、全都道府県で減る。逆に高齢者らのリハビリなどを担う回復期のベッドは全都道府県で増え、計約38万床(同190・7%増)。長期療養の患者が入る慢性期のベッドは計約28万床(同19・5%減)で、首都圏など一部を除き減る。

 年間40兆円を超える国民医療費のうち4割を占める入院費を減らすことは大きな課題となっている。政府は18年度の診療報酬改定でも入院患者を在宅医療に移す流れを促していく方針。

 一方、全国の病院の7割は民間経営のため、地域医療構想に基づく削減計画は強制できない。都道府県が「自主的な取り組み」を促すことになるが、実効性は不透明だ。(生田大介)
 
 ■2025年の入院ベッド数計画
           13年       25年    増減率
北海道     83,556    73,190 ▲12.4%
青森      16,488    11,827 ▲28.3%
岩手      15,034    10,676 ▲29.0%
宮城      21,143    18,781 ▲11.2%
秋田      12,605     9,143 ▲27.5%
山形      11,991     9,267 ▲22.7%
福島      21,506    15,397 ▲28.4%
茨城      26,984    21,755 ▲19.4%
栃木      18,332    15,458 ▲15.7%
群馬      20,992    17,578 ▲16.3%
埼玉      50,567    54,210   7.2%
千葉      47,035    50,004   6.3%
東京     108,338   113,764   5.0%
神奈川     62,879    72,410  15.2%
新潟      23,145    18,283 ▲21.0%
富山      14,401     9,557 ▲33.6%
石川      15,883    11,900 ▲25.1%
福井      10,298     7,591 ▲26.3%
山梨       9,232     6,909 ▲25.2%
長野      20,438    16,839 ▲17.6%
岐阜      18,485    14,978 ▲19.0%
静岡      34,375    26,584 ▲22.7%
愛知      59,206    57,773 ▲ 2.4%
三重      17,255    13,584 ▲21.3%
滋賀      12,766    11,319 ▲11.3%
京都      30,283    29,957 ▲ 1.1%
大阪      91,378   101,474  11.0%
兵庫      56,200    52,455 ▲ 6.7%
奈良      14,212    13,063 ▲ 8.1%
和歌山     13,142     9,506 ▲27.7%
鳥取       7,442     5,896 ▲20.8%
島根       9,175     6,569 ▲28.4%
岡山      26,080    20,174 ▲22.6%
広島      35,248    28,614 ▲18.8%
山口      23,370    15,889 ▲32.0%
徳島      13,291     8,994 ▲32.3%
香川      13,857    10,112 ▲27.0%
愛媛      20,957    14,822 ▲29.3%
高知      16,220    11,252 ▲30.6%
福岡      73,956    65,383 ▲11.6%
佐賀      13,459     9,078 ▲32.6%
長崎      23,347    16,849 ▲27.8%
熊本      31,809    21,024 ▲33.9%
大分      18,855    14,649 ▲22.3%
宮崎      16,475    11,036 ▲33.0%
鹿児島     30,624    19,944 ▲34.9%
沖縄      14,603    15,282   4.6%
全国計  1,346,917 1,190,799 ▲11.6%
 (13年は医療施設調査から。25年は政府の推計式に基づく各都道府県の計画。▲はマイナス)

看取りの医療 

栃木県益子町に西明寺という古いお寺がある。wikiより、こちら。有名な益子町の陶器市場のある街並みから、少し南に入った小高い丘の上に、ひっそりと佇んでいる。我が家を訪れる外国の友人と一緒に、また時には一人で、年に一、二度訪れる。観光客は多くはない。こうした古い名刹の境内ではよくあることだが、人影のまばらな同寺を訪れると、時間の流れが止まったような感覚に襲われる。

そのお寺のある丘の麓に、普門院診療所がある。西明寺の住職であり、なおかつその診療所の院長であった、田中雅博氏が逝去なさった。田中氏とは面識はなかったが、父が存命だったころ、一頃同診療所にお世話になっていたことがあった。緩和ケアを行っていたことは知っていたが、ご自身が過去3年ガンを病んでおられたことは知らなかった。

医療が発達すると、医療は最先端の医学を応用する側面と、もう一つは、患者の最後を看取る終末期医療に枝分かれする。もちろん、小児科や、ありふれた成人病のケアのような領域も残るが、その「枝分かれ」の流れは確実に生じる。田中氏は、患者の最後を看取る医療のバックボーンに自らの曹洞宗の信心を抱いておられたのではないだろうか。医師にとって、かって死はいわば避けるべき敗北であったが、終末期医療では、死を取り込まなくてはならない。それには、宗教的なこころの在り様が、求められるのではないだろうか。その点では、医師は必然的に宗教者であるべきなのだろう。もちろん、自らの信仰や、宗教的教義を、死に行く人に押し付けたりするのではなく、死という人生の大きな過程をのり越えようとする方に寄り添うために、自らも死を生きることだ。田中氏がどのように終末期医療をなさっていたのか、残念ながら知る機会はなかったが、きっと自らの宗教的信念をもって看取りを行っておられたのだろう。

ご冥福をお祈りしたい。

以下、引用~~~

田中雅博さん死去
17/03/23記事:朝日新聞

 田中雅博さん(たなか・まさひろ=内科医、西明寺住職)21日、膵臓(すいぞう)がんで死去、70歳。西明寺は栃木県益子町益子4469。25日に近親者だけで密葬を行う。
 
 東京慈恵会医科大卒。74年、国立がんセンター(当時)に入り、内分泌部治療研究室長などを務めた。寺を継ぐため83年に退職。住職のかたわら90年、緩和ケアも行う普門院診療所を境内に建設した。
 
 宗教者が、死期が近い患者らの心の奥の苦しみに対応する必要性を80年代から提言。ローマ法王が呼び掛けた国際会議にも4度招かれた。14年に自らに進行性のがんが見つかってからも、患者らのケアにかかわる宗教者の育成に努め、昨年結成された「日本臨床宗教師会」の顧問も務めた。著書に「がんで死ぬのは怖くない」など。

医療における行政処分の量産化 

これから仕事を始めようとする若い医師は、災難なことである。医療事故には、すべて責任が問われ、たとえ刑事責任は逃れられても、行政処分は免れないことになるようだ。

井上清成弁護士の論考は以前から何度もここで取り上げている。彼は医療の現状、医療事故の本質に詳しく、適正な見解をそうした問題について表明し続けている。

「官僚主義が医療を荒廃させる」で述べた通り、官僚は、医療システムを支配することを目論んでいる。

医師に対する支配は、教育、研修、専門医制度そして医療事故対応によって、為されることになる。井上弁護士が述べる通り、刑事犯罪として取り扱わぬ代わりに、行政処分を受け入れさせるという方向で、官僚は制度設計をするようだ。これは、医療事故の原因を究明し、減らすこととは逆行する。医療事故は、刑事犯罪化・行政処分化しても原因が明らかにならず、減少することはない。例えば、WHOの医療事故に関するガイドラインにそれが示されている。こちら。

医療事故に対する行政処分数の増加は何をもたらすか。医療制度への影響をどのようにして減らす積りなのか。行政処分を「きめ細かく」行えば、医療費の表面的な削減ができると官僚は読んでいることだろう。地域医療を行う医師を確保するという名目で、この数年間、医師の大量増産を始めた。行政処分が常態化すれば、行政処分でマンパワーが減っても、医療が直ちに立ち行かないということはないという読みではないのだろうか。しかし、行政処分を受けやすい、リスクのある専門に医師が進まなくなることは確実だ。専門性の偏在を、専門医制度でコントロールする積りかもしれないが、うまくゆくだろうか。数の上だけでは、コントロールできたとしても、医師のやる気を削ぐことは間違いない。医療の倫理は、強制によって確立し維持されることはない。医療が倫理的に荒廃する状況が見えてくる。

この医療事故の行政処分化の背景には、官僚の天下り先確保があることは確実だ。行政処分を担当する行政部門の肥大化、行政処分に伴う研修を担当する組織の設立等々、永続的な天下り先が確保されることになる。

医師は、注意義務違反という本来避けえない、行政処分の対象になるエラーに怯えつつ、仕事を続けることになる。ヒューマンエラーの大きな原因である労働環境の問題等は、これまで通り、そのままにされる可能性が高い。

結局、こうした行政の医療支配は、医療を荒廃させ、国民がその負の影響を被ることになる。

以下、MRICより引用~~~

行政処分の量産化への蠢き

この原稿は月刊集中4月号(3月31日発売号)掲載予定です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2017年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1.2016年度医道審医道分科会の現状
厚生労働省医政局医事課の所管の一つに、医師法(歯科医師法)に基づく医師(歯科医師)免許に対する行政処分がある。毎年2回ずつあるのが通例であり、医道審議会医道分科会の答申を受けて、医師(歯科医師)への免許取消・医業(歯科医業)停止・戒告の行政処分を行う。
2016年度は、2016年9月30日と2017年3月3日に行政処分が公表された。9月30日は医師15件、歯科医師15件の計30件。3月3日は医師12件、歯科医師6件の計18件。つまり、2016年度1年間では医師27件、歯科医師21件の合計48件であった。その48件の内訳は、ほとんどが一般犯罪で有罪とされたものである。
そのうちで目を引くのは、診療報酬不正請求17件と医療過誤としての業務上過失致死罪1件であろう。いずれも医業停止3ヶ月とされた。

2.行政処分の量産化
まず、診療報酬不正請求が17件というのは、多すぎる感がしよう。1年間の行政処分件数48件のうち、約35%を占めていて、処分事由としては最多である。現状は、診療報酬不正請求が医政局医事課による行政処分の数量を下支えしていると言ってもよいかも知れない。不吉なことではあるが、今後も増加していきそうに思う。
次に、医療過誤に業務上過失致死傷罪を適用するのは妥当性を欠くことなので、その1件を0件としたいものである。実際、その1件は国立国際医療研究センター病院で起きたレジデントによるウログラフイン誤投与の事案であったが、本来はそのレジデントが刑事被告人になるように導いてしまった病院幹部の運用こそが非難に値しよう。ただ、運用レベルでの改善では限界があるので、法改正をしてでも、医療過誤での業務上過失致死傷罪は廃止して、この理由での行政処分はゼロとしたいところである。
しかしながら、行政処分の量産化という観点からは、一部の厚労医系技官らによって長年にわたって潜かに目論まれているのが、医療過誤の行政処分化である。もしも刑事罰を経ずとも医療過誤を行政処分化することができれば、診療報酬不正請求をはるかに上回る行政処分件数が確保されうるであろう。医療過誤の行政処分化は、行政処分の量産化という政策目標にとって、最もフィットした方策なのである。

3.厚労科研「医療行為と刑事責任」の開始
2017年3月10日、医政局医事課の所管で、厚生労働科学研究として、「医療行為と刑事責任」の研究が開始された。その研究の方向性は、次のようになっていくものと予想されよう。たとえば、「医療行為への刑事責任の追及は、極めて限定すべきである。少なくとも、医療行為への業務上過失致死傷罪の一般的な適用は、除外しなければならない。しかし、無謀な医療という類型、単純ミスという類型には、何らかの限定された責任を問うべきである。無謀な医療には、それに適した故意犯、故意犯と過失犯の結合犯・結果的加重犯、または、重過失限定の過失犯といった選択肢の下で、特別の刑事犯創設の議論を進めるべきであろう。そして、単純ミスに対しては、医療過誤を行政処分化するという条件の下で、刑事犯から除外しうる方向とするべきである。」といった具合いであろうか。
何らかの責任追及は行わねばならないことを大前提とした上で、刑事責任と行政処分のトレードオフを行おうとする考え方と言ってもよい。もともと、医系技官、医療団体幹部、法律家の一部には、そのような考え方に親和性を持つ者がいた。そのため、今回の厚労科学研究でも、そのような考え方が指向されていくことが予想されるのである。

4.行政処分化の参考モデルー第二次試案等
刑事責任と行政処分のトレードオフを行おうとする考え方は、かつて、医療事故調査制度の第二次試案(2007年)・第三次試案(2008年)となって具体化されたことがあった。
たとえば、「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案―第二次試案―」においては、行政処分の在り方については、ズバリと、「行政処分は、委員会の調査報告書を活用し、医道審議会等の既存の仕組みに基づいて行う。」「個人に対する処分のみではなく、医療機関への改善勧告等のシステムエラーに対応する仕組みを設ける。」と明言している。つまり、医療過誤の行政処分化そのものであった。
また、その「第三次試案」も同じであり、「システムエラーの改善の観点から医療機関に対する処分を医療法に創設する。」「医師法や保健師助産師看護師法等に基づく医療従事者個人に対する処分は、医道審議会の意見を聴いて厚生労働大臣が実施している。医療事故がシステムエラーだけでなく個人の注意義務違反等も原因として発生していると認められ、医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等では不十分な場合に限っては、個人に対する処分が必要となる場合もある。その際は、業務の停止を伴う処分よりも、再教育を重視した方向で実施する。」として、行政処分の量産化や医療過誤の行政処分化を指向していたのである。
つまり、医療過誤の行政処分化については、診療報酬不正請求くらいを目途にして件数をほどほどに増やし、かつ、その処分の程度については医業(歯科医業)停止3ヶ月以下か戒告の程度を想定しているものと推測されよう。

5.医療過誤の行政処分化は慎重に
しかしながら、そもそも、行政処分の他の事由とは異なり、医療過誤は刑事責任にも行政責任(行政処分)にもなじまない。今までに行われてきた議論は、医療過誤には本来は刑事責任があることを暗黙の前提としつつ、それと行政処分とをトレードオフすることによって、刑事責任を謙抑的にして行政責任にスライドさせようとする試みであった。しかし、それは、そもそも追及されるべき「責任」があるという前提に呪縛された議論にすぎない。今後の議論は、刑事責任も行政責任もそもそも存在していないことを前提に、議論の再構築をしていくべきなのである。
医療過誤の行政処分化には慎重でなければならない。

悪法が、こそこそと成立へ 

森友学園疑惑の陰で、共謀罪法案を始め、問題の多い法案が次々と国会を通過しそう。

この次世代医療基盤法案も、その一つ。患者の医療情報を、民間に提供することを合法化する法案。

問題は、やはりもっとも高度な個人プライバシーである医療情報が、患者が拒否せぬ限り(ということは、ほぼ自動的に)医療機関から、「認定機関」に渡されること。そこで、情報漏洩が、意図的にまたは意図せずに起こる可能性が極めて高い。一旦、情報漏洩が起きると、それを復旧することはできない。その情報は、高額で他の研究機関、そしておそらくは保険会社等に渡されることになる。個人情報として情報漏洩された場合、チェリーピッキングの対象になる。即ち、特定の病気を有する患者が保険会社等で把握されると、保険に入れぬことになる。

この「認定機関」は、すでに三つほど決まっている、という話もある。おそらく、官民合同の特殊法人が立ち上げられるのだろう。例によって、天下り先である。ビッグデータを商品として、あぶく銭を得ることになる。

この法律以外に、天下の悪法共謀罪法案、種を海外から自由に入手できるようにする法案(海外大資本によって遺伝子組み換え作物が作られるようになる)、水道の民営化を可能にする法案等々が国会を通過しそうだ・・・。

以下、引用~~~

次世代医療基盤法案

治療歴を研究活用へ 拒否しなければ共有可能 閣議決定
毎日新聞2017年3月11日

 政府は10日、医療機関が持つ治療歴などの患者情報を研究目的で収集、活用できるようにする「次世代医療基盤法案」を閣議決定した。今国会に提出し、2018年からの運用を目指す。

 個人の病歴や健康診断結果は、今年5月に改正される個人情報保護法で、本人の同意なく第三者に提供できない「要配慮個人情報」となる。新法は、これに例外を設け、患者が自ら拒否を申し出ない限り、国の認定を受けた民間機関(認定機関)に提供できることにする。患者情報をビッグデータとして解析し、新薬や新たな治療法の研究開発につなげる狙いがある。

 認定機関は、病院や薬局などに患者の診療情報提供を呼びかけ、収集した情報を個人が特定できないよう匿名化した上で、利用申請のあった大学や製薬会社などにデータを渡す。医療機関は患者に情報提供することをあらかじめ文書で通知し、患者が拒否すれば提供されない。

 認定機関は高度の情報セキュリティーや匿名加工の技術を持つことが求められ、国が今後、認定の基準作りなどを進める。【細川貴代】

厚労省は、入院ベッド数を削減する 

厚労省は、入院ベッド数を減らす方針だ。そのスキームは、地域医療構想策定ガイドラインに示されている。こちら。ざっと見たところでは、NDB、DPCのデータベースに基づき、各都道府県で必要なベッド数を求め、それを基礎としてベッド数の供給を地方自治体ごとに決める、ということらしい。各地域の事情を勘案する柔軟なやり方にも一見みえるが、基本は厚労省の提示した基礎資料に基づく削減をすすめる、ということだ。各地にその地域医療構想を実現する協議会がすでに作られ、ベッド数削減に向け動き出している。削減の主な対象は、急性期と慢性期のベッドになる。これまで医療機関に入院加療していた慢性期の患者は、(介護)施設か在宅での介護医療を受けることになる。特に、在宅医療への移行が強調されている。在宅に移行する慢性期は、診療報酬で決められる。診療報酬上、ある程度以下の治療しか必要にならなくなったら、在宅になかば強制的に移行させられる。

結果として、医療費削減が実現できる、とされているが、厚労省・政府の本音は、医療費削減を実現するための、ベッド数削減である。

想定される問題は;

○入院期間の短縮は、過去DPCを中心に進められてきている。それをもとに、必要ベッド数をはじき出すと、必要最小限の数値が出てくる。今後の高齢化の進展、感染症等医療サービスの変動要因による必要ベッド数の増減に対応できるのだろうか。また、入院期間の短縮の方向に診療報酬上誘導し続けているが、それによって、エンドレスのベッド数削減となるのではないか。

○これが大きな問題だが、慢性期ベッドを削減して在宅に移行する場合、介護看護は、家族が担うことになる。人口減少社会で、高齢化・核家族化が進んでいる現在、それが可能なのか。国の生産活動に支障をきたさないのだろうか。確かに、わが国の入院ベッド数は諸外国と比べて多いのだが、病院での医療の後に患者を受け入れる施設・体制がない、またはきわめて貧弱だ。

○在宅に移行することが求められる患者は、必要とする治療の診療報酬で線が引かれる。診療報酬上高い医療でなくても、在宅に馴染まない(例えば、頻回の気管吸引が必要になる、等)患者もいるのではないだろうか。診療報酬で一律に線を引くと、在宅で看ることが難しい患者まで、在宅を強制される可能性がある。

○急性期病床の削減も、高齢化の進展が著しい大都市部で大きな混乱を招く可能性がある。

医療介護の充実は、国の防衛と並んで重要な政策課題のはず。それが、在宅に丸投げで良いのか、という問題だ。現政権は、防衛産業の育成、それに対する利益供与は熱心だが、社会福祉の一番重要な医療介護については、削減することばかりを考えている。果たして、それで良いのか。


以下、引用~~~

病院ベッド15・6万床削減 25年までに41道府県で縮小 地域医療構想、全国集計 「在宅」重視、鮮明に
17/03/09記事:共同通信社

 各都道府県が医療提供体制の将来像を示す「地域医療構想」で、2025年に必要な病院のベッド(病床)数は、13年時点の134万床余りから約15万6千床、11・6%減少する見通しとなることが分かった。構想の策定に伴い47都道府県が8日までに推計した結果を、共同通信が集計した。41道府県で病床が過剰とされ、鹿児島など8県は削減率が30%を超す。
 
 地域医療構想は、25年に団塊の世代が全員75歳以上になるのを控え、効率的な提供体制をつくるのが目的。政府は手術や救急など高度医療に偏った病床の機能を再編すると同時に、慢性疾患を抱える高齢患者は家や施設で療養する方が望ましいとして在宅医療を推進する考えだ。医療費抑制につなげることも狙う。
 
 25年に向け都道府県は今後、推計を基に地元の病院や医師会と協議に入る。病床の機能転換や削減を促していくが、病院経営者や高齢者から反発や不安の声も出ており、入院に代わる在宅医療の環境整備が課題となる。
 
 構想策定に先立ち、国は15年に病床推計を公表。13年時点の134万6917床を3パターンの計算で約15万〜20万床削減すると想定していた。
 
 その後、各都道府県は医療機関や市町村などが参加する会議で構想を検討。地元の病院に配慮し、削減幅が小さいパターンで計算する例が多く、25年の必要病床は全国で計119万799床となった。削減数は計15万6118床で、国推計の最小値に近い。
 
 削減率が最も大きいのは鹿児島県で34・9%。熊本、富山など計8県が30%を超え、20%台も19県ある。一方、増床が必要なのは首都圏の1都3県と大阪府、沖縄県。
 
 病床は機能別に(1)救急や集中治療などを担う「高度急性期」と「急性期」(2)リハビリなどに取り組む「回復期」(3)長期療養の「慢性期」―に分かれるが、急性期と慢性期を減らし、回復期を増やすとする地域が多い。
 
 入院が減る分、在宅医療を受ける患者は大幅に増え、約177万人に。13年より60万人ほど多くなる。
 
 ※集計の方法
 
 各都道府県が公表した地域医療構想に基づき、2025年の必要病床数を集計した。現状との比較は、都道府県によって使用データが異なるため、13年の医療施設調査(厚生労働省)の数値にそろえた。独自手法による推計も併せて示した県もあるが、国準拠の推計を使用した。宮城、広島、高知の3県は必要病床数に「以上」と付記し、削減目標ではないことを明確にしている。新潟、富山、長野、三重、京都、熊本、沖縄の7府県は構想が案の段階だが、推計自体は変わらない見通し。
 
 ※地域医療構想
 
 2014年成立の地域医療・介護確保法に基づき、都道府県が策定する地域医療の将来像。都道府県内をいくつかの区域に分け、団塊の世代が全員75歳以上となる25年に各区域で必要なベッド(病床)数などを定める。余っている病床を他の機能に転換させたり、患者の在宅移行を進めたりして、効率的な医療提供体制の構築を目指す。法令上は18年3月までにまとめればよいが、厚生労働省が早期の策定を求めており、全都道府県が今年3月末までに定める予定。

米国の医療費の一例 

段々twitterみたいになってきてしまったが、備忘録として・・・

先ほど、旧友のDave W7AQKと7メガで交信した。いろいろな話をしたが、もっとも印象に残ったというか、驚いたのが、医療費の話。

彼の長女が、1,2か月前、PAT(発作性心房性頻拍)のためにablationを受けた。先進的な治療と言えばそうだが、治療手技は心カテで行う良く行われるもの。4日間の入院で、病院からの請求書が、なんと・・・

1100万円を超えていたとのこと。

米国の医療費が高額だとは知っていたが、こうやって知り合いのご家族が実際その高額な請求を受けたのを聞いて、絶句である。

Daveもこれはridiculousだ、と言っていた。保険がどれだけカバーしてくれるか、と心配そう。

わが国の医療体制が米国化されつつあるが、心配だなと言うと、米国の制度は見習わない方が良いとのこと。

見習うなと言っても、わが国の政権は見習う気満々だからな・・・。

ビッグデータを利用したチェリーピッキングの一例 

医療保険は、加入対象をできるだけ広く取り、相互扶助のために運営されるべきだ。だが、民間医療保険は、利潤を上げることが至上命題なので、加入対象を低リスクの群に絞り込むことを行おうとする。低リスク群だけを絞り込むことを、チェリーピッキングという。これは、民間医療保険の不正な経営手法とされてきた。

日本生命保険が、阪大の患者データを利用して、「これまで保険に加入できなかった希望者にも対象を広げた」保険商品を開発するという。これは俄かに信じがたい。むしろ、裏でチェリーピッキングを行おうとしているのではないか。ハイリスク群の保険料を引きあげる、ないし既往症等によって判明するハイリスク群を保険商品の対象から排除することが行われるのではないか、と強く疑われる。日生は、阪大に対価を支払って、患者データを得るのだろうから、その対価以上の利潤を生むスキームでないはずがない。

行政やら、基幹病院やらが、ビッグデータを利用して効率化を図るというときに、常にこうした利潤追求のためにビッグデータを用いる誘惑がある。この一件も、日生によって、被保険者が不利になる商品が生み出されるという結幕しか考えられない。

以下、引用~~~

ビッグデータで保険開発 日生が阪大と連携協定

17/02/24記事:共同通信社

 日本生命保険は23日、大阪大と健康、医療に関する連携協定を締結した。大阪大が持つ患者のビッグデータを活用し、新しい保険商品の開発やサービスの強化につなげる狙い。既往症などでこれまで保険に加入できなかった希望者にも対象を広げることを目指す。

 大阪大の付属病院を訪れる1日平均約3千人の患者の診断や治療の記録、完治する確率や余命などといったデータの提供を受ける。病歴に関するリスクの正確な把握が期待できるという。日生が保有する加入者の健康診断結果などを共有し、健康寿命の延伸に向けた共同研究にも取り組む。

 大阪市で行われた調印式で、日生の矢部剛(やべ・たけし)取締役常務執行役員は「生保は疾病に関するデータを持っておらず、連携は極めて有用だ」と意義を強調した。