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難病患者・障害者に対するマスコミの扱い 

存じ上げない方だが、この方のtweet、なるほどと思った。

モン=モジモジ @mojimoji_x

それにしても、いつもは24時間テレビとかで障害者を消費しまくってるテレビ・メディアが、最重度の障害者・難病者の立候補、という事態をまったく取り上げないのって、いかに彼らが本音ではどうでもいいと考えてるか、よくわかる。


マスコミ、とくにテレビは、障害者、難病患者を「可哀そうな人々」として扱うが、あくまでそこまで。

彼らが社会の政治中枢に入ろうとして、または政治中枢に向かって発言を始めると、無関心を装う。彼らが本気で発言を始めるのは困るのだ。

なぜ、「れいわ新選組」比例の特例候補お二人を取材しないのだろうか。広やかな視野でみたときに、政治的公平性をマスコミは失っている。

ニュース報道の偏向 

昨夕、何気なくNHKのニュースが流れていた・・・最近は、NHKのニュースを率先して聴くことは止めた。

すると、ホルムズ海峡への有志連合軍派遣にニュースの後に、ジャニー喜多川氏逝去のニュースを長々と流していた。明らかに前者よりも後者に長い時間をかけていた。

亡くなった方のことをとやかく言いたくないが、彼は単なる芸能プロの社長だった方、そして芸能界を支配し、若い男の多くのタレント候補にセクハラを働いた人物。このセクハラは、現在の定義で行くと強姦になるのではないだろうか。そのセクハラは、最高裁まで争われ、彼の有罪が確定している。そのような人物逝去のニュースをあれほどの重大ニュースとして取り扱うセンスが理解しがたい。テレビのワイドショーの類は、このニュース一色だと聞く。

ここまで、ニュース報道にバイアスがかかると、やはり政権が参院選、それに関係するニュースを報じるのを避けるようにマスコミに要請したということが真実に思われてくる。

独裁の顕在化が進む 

未だ某隣国のような顕性の独裁ではないが、三権とマスコミを政権が支配し、隠蔽・改ざんによって政権の意図を次々に実現しているという点では、わが国の体制はすでに隠された独裁だ。改憲が行われれば、名実ともに顕性の独裁国家になる。

独裁権力が露わになると、過去の歴史が示す通り、国力は落ちるばかりだ。国民は、それを覚悟しなければならない。また、経済界もそのような国家で成長しうると思っているのだろうか。今さえ良ければという刹那主義が蔓延しているのではないだろうか。

とりわけマスコミの責任は重たい。マスコミのトップが、安倍首相と頻繁に会食する、ということだけで腐臭が漂う。テレビは、国の問題、選挙に関して報道を控え、テレビ等はお笑いとスポーツとスキャンダルばかりだ。そんなことで良いのだろうか。NHKの政治ニュースに至っては、まさに大本営発表、独裁政権下の国家の国営放送の内容である。マスコミ人は、戦う積りはないのか。ニューヨークタイムスに指摘されるだけで、自分たちは動こうとしないことが恥ずかしくないのだろうか。

以下、朝日新聞より引用~~~

「日本、独裁政権のよう」ニューヨーク・タイムズが批判
報道の自由はいま

ワシントン=園田耕司 2019年7月6日16時50分

 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は5日、菅義偉官房長官が記者会見で東京新聞記者の質問に対する回答を拒むといったメディア対応を指摘したうえで、「日本は憲法で報道の自由が記された現代国家だ。それでも日本政府はときに独裁国家をほうふつとさせる振る舞いをしている」と批判した。

 同紙は、菅氏が会見で東京新聞記者の質問に「あなたに答える必要はありません」と述べたことなどのエピソードを紹介。菅氏ら日本政府に対するマスコミ関係者らの抗議集会が3月に開かれ、参加した600人が「Fight for truth(真実のためにたたかえ)」と訴えたことも伝えた。

 一方で、同紙は日本政府の記者会見をめぐる振る舞いの背景には「記者クラブ」の存在があると指摘。「記者らはクラブから締め出されたり、情報にアクセスする特権を失ったりすることを恐れ、当局者と対立することを避けがちになる」との見方を示した。

 日本政府のメディア対応をめぐり、海外の視線は厳しくなっている。言論と表現の自由に関する国連の特別報告者デービッド・ケイ氏は6月、日本メディアは政府当局者の圧力にさらされ、独立性に懸念が残るとの報告書をまとめている。(ワシントン=園田耕司)

TBS「サタデージャーナル」突然中止 

土曜日早朝TBSテレビで放映されていた、サタデージャーナルが、突然今月いっぱいで打ち切りと報じられている。

この番組は、MCの上田晋也始め出演者が、もっともな時事時評を繰り広げていた。政権批判を鋭く行っていたが、その内容は納得できることばかりだった。

こちら。

TBSラジオのデイキャッチといい、この番組といい、「真実」を伝える貴重な番組だった。

こうした番組を消せという圧力が、政権側からかかっていることは容易に想像がつく。このままで行くと、大本営発表のように成り下がったNHKのようなマスメディアばかりになってしまう。マスメディア上層部が毒饅頭を食わせられているのか、マスメディアで働く者が、持てる者、上級国民に成り下がったためなのか。長い目で見ると、こうしたマスメディアの自殺行為だと思うのだが・・・。

マスメディアが、政治権力と近づき、政治権力に支配される社会は、歪な全体主義国家の社会となる。


国連報告者 わが国のメディアの危機を報告 

自民党改憲草案は、国民の基本的人権・主権を抑え、公権力が優先する社会を目指すことをはっきり述べている。その先駆けとして、安保法制・特定秘密保護法・共謀罪法等を、現政権は成立させた。今月から、警察が通信傍受を単独で行うことになり、その歯止めが実質上ないことが危惧されている。

国連報告者のDavid Kaye教授は、メディアの独立性の側面から、そうした日本社会の変質に警鐘をならしている。彼は、米国カリフォルニア大学アーバイン校で国際人権法の教鞭をとる研究者だ。

後の世代が、現在の社会状況を見た時に、国民の個としての人権を抑圧する方向に、わが国政府が大きく舵を切ったと述べることになるのではないだろうか。現在の国民には、その危機意識が乏しい。

東京新聞より引用~~~

日本メディアの独立懸念 国連報告者「政府は勧告未履行」

2019年6月5日 夕刊

 【ジュネーブ=共同】言論と表現の自由に関する国連のデービッド・ケイ特別報告者が、日本では現在もメディアの独立性に懸念が残るとする新たな報告書をまとめたことが四日分かった。日本の報道が特定秘密保護法などで萎縮している可能性があるとして同法の改正や放送法四条の廃止を求めた二〇一七年の勧告を、日本政府がほとんど履行していないと批判している。

 報告書は六月二十四日開幕の国連人権理事会に正式に提出される予定。

 報告書によると、日本政府が放送局に電波停止を命じる根拠となる放送法四条は効力を持ち続けており、事実上、放送局への規制になっていると指摘。政府に批判的なジャーナリストらへの当局者による非難も「新聞や雑誌の編集上の圧力」と言えるとした。「政府はジャーナリストが批判的な記事を書いても非難は控えるべきだ」としている。

 ケイ氏は一七年に公表した対日調査報告書で、日本政府に十一項目を勧告。勧告に法的拘束力はないが、政府は不正確な情報に基づくと反論していた。ケイ氏は調査の結果、九項目が履行されていないとしている。

◆勧告11項目と履行状況
 デービッド・ケイ特別報告者が日本政府に勧告した十一項目の主な内容と履行状況に関する評価は次の通り。

 (1)政府による介入の根拠となる放送法四条の廃止=未履行

 (2)歴史的出来事に関し教材で示された解釈に対し介入しない=未履行

 (3)教科課程の作成過程の完全な透明化を保証する=一部履行

 (4)国連の真実・正義などに関する特別報告者の訪日の招請=未履行

 (5)政治活動を不当に制限するような公選法上の規定を廃止する=未履行

 (6)特に沖縄における平和的な集会と抗議の権利を保障するために、あらゆる努力をする=未履行

 (7)特定秘密保護法で安全保障上問題なく公益に資する情報については、開示しても処罰されない例外規定を設ける=未履行

 (8)公益に資する情報の報道を促進する社会的規範の原則づくりを進める=評価できるだけの十分な情報がない

 (9)特定秘密保護法の執行が適切に行われるように、専門家による監視組織を設置する=未履行

 (10)広範に適用できる差別禁止法を制定=未履行

 (11)将来的に通信傍受に関する法律を制定するに当たっては、独立した法機関の監視下で、極めて例外的な場合にしか、通信傍受は行わないと明記する=未履行

◆沖縄抗議への圧力批判 山城氏有罪 表現の自由萎縮恐れ

 【ジュネーブ=共同】デービッド・ケイ特別報告者の報告書は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設への抗議活動などに日本の当局が圧力を加えたり、過度に規制したりし続けていると批判した。

 特に抗議活動に絡み威力業務妨害などの罪に問われた沖縄平和運動センターの山城博治(やましろひろじ)議長に対し懲役二年、執行猶予三年の刑が確定したことについて、表現の自由の権利行使を萎縮させる恐れがあるとした。

 報告書は、山城氏が長期間拘束されたことに国連の特別報告者や恣意(しい)的拘束に関する作業部会が国際人権規約違反などとして日本政府に是正を求めたと指摘した。

 その上で、集会と表現の自由は「密接に関連し、互いに補強し合っている」と強調した。

田中龍作氏の安倍首相「やらせ」報道、自由報道協会賞受賞 

田中龍作氏に自由報道協会賞が授与された。

こちら。

授賞理由になった、安倍首相のやらせ報道に関する記事は

こちら。

政治は、マスコミを利用するのを常としているが、安倍政権では、それがことに酷い。国会を軽視し、選挙のためであれば、何でもやる。この中国地方の豪雨災害に際しての、安倍首相の被災者慰問は、マスコミを利用した典型的な「やらせ」であった。豪雨被害当時、赤坂で自民党議員と飲み会を開き、その後2,3日、安倍首相は全く災害対応をとらなかった。この「やらせ」は、それに対する批判が強まり、災害後6日してからようやくとった行動である。

このような政権、安倍首相のやり方を批判的に報道するマスコミが皆無になっている。田中龍作氏には、政権に批判的なスタンスで報道を続けてもらいたいものだ。

NHKの劣化 

昨日、天皇皇后が伊勢神宮を参拝したことを伝えるNHKの報道・・・

両陛下は、午後には、皇室の祖先の「天照大神」がまつられる伊勢神宮の内宮にそれぞれ参拝されました。

確かに、NHKでは時計が逆回転をし始めているようだ。

この次には、皇室は神を祖先に持つと言い出すことだろう。

「クロ現」国谷キャスターを下ろした、当時のNHK放送総局長が、専務理事に復帰 

NHKのテレビで夜7時のニュースのあと、優れた報道番組が23年間続けられていた。「クローズアップ現代」である。キャスター国谷裕子氏は、能力のあるキャスターで、様々な事件・事象の背後にある問題を的確に視聴者に提示してくれていた。だが、3年前に、突然彼女は、キャスターの任から降ろされた。その経緯は、こちらに詳しい。集団的自衛権について、鋭く菅官房長官に切り込んだことで、不興を買ったと言われている。安倍首相にしろ、菅官房長官にしろ、政治家としての能力はおろか、懐の深さがない。菅官房長官が、現在、記者会見で舌鋒鋭く質問を続ける東京新聞望月衣塑子記者を潰そうと画策していることは、この国谷氏をキャスターから降板させたことと同じ動機だ。こうして優れたキャスター、記者を第一線から引きづり降ろすやり方は、菅官房長官の基本的なスタンスである。

国谷氏降板を実際に命じたのは、官邸と密接な関係にあった、NHKの当時の放送総局長 板野裕爾氏だった。あの一件のあと、一時彼は関連会社に移動になっていたが、今回、専務理事に復帰することが決まった。安倍政権が、マスコミ、とりわけNHKを支配しようとする強烈な意図を示している。

NHKの政治報道が、視聴するに堪えぬ政権にベッタリの姿勢であることは繰り返し述べた。これで、その姿勢がさらに強固なものになる。

以下、引用~~~

NHK、板野裕爾氏が専務理事に異例の返り咲き
毎日新聞2019年4月8日 21時05分(最終更新 4月8日 21時33分)

 NHKは、元専務理事の板野裕爾(ゆうじ)NHKエンタープライズ社長(65)を専務理事に復帰させる人事案を固めた。板野氏は、政権との距離が問題視される言動を繰り返した籾井勝人(もみい・かつと)前会長時代に専務理事を務め、「会長の一番の理解者」と呼ばれた人物。官邸と太いパイプを持ち、かつ政権の意向を番組に反映させたと言われる板野氏の異例の返り咲きに、NHK内部からも批判の声が上がっている。

 専務理事は執行部で会長、副会長に次ぐ地位で、現在は3人。9日の経営委員会に提案され、同意されれば、25日付で発令される。

 板野氏は経済部長、内部監査室長などを歴任し、12年に理事に。籾井前会長が就任後の14年4月から2年間、専務理事を務めた。「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない」など、籾井前会長が公共放送のトップとしての資質を疑わせる言動を繰り返し、理事との関係が冷え込む中、板野氏は籾井前会長を支えた時期が長かったと言われる。

 16年3月に「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターが番組を降板。複数のNHK関係者によると、番組全般を統括する放送総局長だった板野氏が、番組に対する政権内の不満を背景に降板を主導したとされる。また、15年の安全保障関連法案を巡る国会審議中、個別の番組で政治的公平性を保つのが難しいとの理由で、安保関連の複数の番組の放送を見送るよう指示したとも言われる。関係者は板野氏の復帰に「放送現場が一層萎縮しそうだ。過去の経緯もあり、内外から批判が集中することも避けられない」と危惧する。【屋代尚則、井上知大】

NHKの政治報道を、信頼のおけるものに戻すために 

権威主義的政権、ポピュリスト政権が、世界中で増えてきている。彼らは、民主的な政権よりも長く政権を握り、さらに政権から脱落する場合に、そのリーダーの訴追、クーデーター等の事件が契機となることが多い。

そうした政権が長続きするのは、選挙を自らに有利になるように改変するためと言われている。

わが国でも選挙制度そのものには、現政権は直接手を付けていないが、財界と一体化して、きわめて豊富な政治資金を得ており、選挙には野党陣営よりも有利な立場にある。

さらに、マスコミをコントロールし、その動きを支配することも行われている。これが、選挙で有利になる状況を生み出している。

昨今のNHKの政権に異様なまでにベッタリの政治報道は、そうしたマスコミ支配の一環だ。

NHKの予算の認可権を政権に握られ、また上層部の人事も政権の意向で決まる。現在のNHKの政治報道が公正なものと言い難いことは、良識のある職員であれば分かっているはずだ。だが、あの歪な報道をせざるを得なくさせる、NHK内部のシステムの問題がある。

この異様な政治報道が続けられるはずがない。やがて、現政権が倒れ、その政治に徹底した反省と批判が加えられるときに、NHKの体制も改められねばならない。こんな虚偽と改ざん、不正で塗り固められた政権が長く続くと思わない方が良い。

昔の信頼のおけるNHKの政治報道に戻す必要がある。この記事の筆者の述べる通り、公正で的確な報道は、民主主義の成立基盤だからだ。予算・人事の面である程度政権から距離を置き、第三者の組織がNHKを監視する制度にする必要があるだろう。そして、NHKの職員にもう一度以前の信頼のおけるNHKに戻る努力と払ってもらいたい。

西日本新聞より引用~~~

【NHKの政治報道】 平野 啓一郎さん
2019年04月01日 11時00分

◆現政権との関係に疑義

 3月4日、参議院予算委員会の模様を伝えるNHKのニュース7を見て私は愕然(がくぜん)とした。この日は、自由党の森裕子議員が、辺野古埋め立て計画のずさんさを追及するなど重要な質疑があったが、放送では野党は一切取り上げられず、与党議員の質問に、政府が応じる場面だけが映し出されたからである。

 NHKは、5年前に、当時の会長の籾井勝人氏が「政府が『右』と言うものを『左』と言うわけにはいかない」と発言し、批判を浴びたが、最近の政治ニュースの「政府広報」化は、開き直った観さえある。

 なぜなのか?

 根本匠厚生労働相に不信任決議案が提出され、立憲民主党の小川淳也議員が衆議院本会議で、2時間弱にわたって、その趣旨説明を行った日のニュースウオッチ9も、その趣旨の骨子には触れず、野党がただいたずらに審議時間を浪費しているかのような悪質な編集だった。

   ---◆---

 「まさかNHKが?」と思う人は、ネットメディアのハーバービジネス・オンラインで、この報道を検証し、厳しく批判した法政大の上西充子教授の寄稿を見てほしい。

 上西教授の指摘を受けて、その後、小川議員自身が衆院総務委員会で、NHK会長、専務理事に対し、一連の経緯を問い質(ただ)している。このことの是非は議論されるべきだが、政府の介入、または政府への「忖度(そんたく)」があるのではという疑念は拭いきれない。

 NHK側は「自主的な編集判断」で、他の時間帯のニュースでは野党の主張に触れていると説明したが、視聴者は朝から晩までNHKのニュースを見ているわけではない。そんな理屈が通るなら、どこかの目立たぬ時間帯で言い訳のための報道をしておけば、重要な時間帯では何をしてもいい、ということにもなりかねない。

 多くの人が言う通り、私もNHKは全体として良質な番組を放送していると思う。ただ、ニュースの中でも政治報道だけは甚だ疑問である。

 小川議員は、総務委員会で、一体、「どういう過程で原稿が作られているか?」と問うていたが、もし本心からあれがあの趣旨弁明の最重要箇所だったと考えているのならば、その理解力には著しい問題があると言わざるを得ない。

 しかしもし、政権維持のために意図的に歪曲(わいきょく)しているとするならば、報道機関としてはその資格を欠いており、公共放送としては論外である。

   ---◆---

 番組はディレクターからアナウンサー、カメラマン、……と数多くのスタッフによって、日々制作され、放送されている。その全員が、これを素晴らしいことと信じてやっているのだろうか。彼らとて、仕事を終えて、一人でゆっくりものを考えたり、家族や友人と物事の善悪について語り合ったりする時間があるはずだが。現場に対しては、同情的な声も聞くが、内実はわからない。

 問題はNHKだけにあるのではなく、現政権とマスコミとの関係そのものだろう。報道は民主主義の基礎である。公正な情報なくして、国民はどのようにして的確な政治判断を下すことが出来るのか。

 こうした悪(あ)しき前例が、長期の政権維持の秘訣とされるならば、今後誕生するどんな政府も、報道に同じことを求めるだろう。それは、日本の未来にとって、本当に望ましいことなのか? 「自主的な編集判断」とは言うものの、その実、報道機関は既に「弱者」で、私の批判はお門違いなのだろうか?

 私には、わからないのである。ただ、一つだけハッキリしているのは、このままでは、日本がダメになるということである。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年に「日蝕」で芥川賞。渡辺淳一文学賞受賞作「マチネの終わりに」は映画化され、今秋公開予定。「ある男」で読売文学賞。

菅官房長官記者会見の問題 

菅官房長官の東京新聞望月衣塑子記者への陰湿な攻撃が問題になっている。菅官房長官、官邸が、記者会見は自分たちの筋書き通りに進める、政府広報の場であると考えていることが、この問題の背景にある。

記者たちは、非公式の「ぶら下がり」で情報を得られなくなることを恐れて、または官房長官に「睨まれる」ことを恐れて、記者会見で突っ込んだ質問をしなくなってしまったようだ。

菅官房長官は、やはり記者会見前に質問事項を記者たちから聴取し、それに基づき記者会見の準備をしている。彼が、テーブル上の書類に目を落としながら、まるで回答を読み上げるように見えたのは、実際、読み上げていたのである。丁々発止のやり取りは、彼にはできない。その枠組みから外れて、質問を自由に繰り出す望月記者を潰したいと、菅官房長官は考えたのだろう。

記者会見で政府の立場を広報するのは良いだろう。だが、それのために一方的な見解の発表の形式を作り、記者たちにそれに従わせる、都合の悪い質問を受けない、ということは許されるものではない。それでは、まるで「大本営発表」「独裁国家の政府見解発表の場」である。

マスコミにもしっかりしろと言いたい。この一方的な政府広報活動に加わるのは、政府権力によるマスコミ支配を肯定することに他ならない。

Business Insider Japanに掲載された「望月衣塑子氏、南彰氏インタビュー」に詳細な事情が記載されている。

こちら。